バン! ともへこのお店の丸いテーブルを叩いて、ウルフさんが3匹に言いました。
「『泥んこスピリッツ』を付け加えるぞ! もう一回書き直しだ!」
そういうと、前回の戦略を書き直し始めました。
『ドロドロさよなら戦略』→「川のゴミを取り除く」
『サラサラこんにちは戦略』→「川の上流に網を設置」
『みんなで守ろう戦略』→「ミッションに共感する仲間を増やす」
と書いた後、それら全てを大きな丸で囲み、『泥んこスピリッツ』と書きました。
今度は誰も笑う人はいませんでした。
「キレイなネーミングや、形だけの戦略はもうやめだ。 行動できなきゃ、どんな便利な道具も意味がねぇ。
俺たちは、せっかく『解決の道筋』を掴んでる。その為の戦略も立てた。
それでも何か足りなかったのは、こいつだよな」
と、もう一度『泥んこスピリッツ』の円をなぞりました。
「『キレイごと』がキレイになっちまったら、キレイじゃなくなる。
『戦略』が戦略になっちまったら、戦略じゃなくなる。
歌舞伎で、こういう言葉があるんだ。 『型が型になったら、型じゃなくなる』ってな。
どんなに便利な型でも、それに依存して本来の意味を忘れちまったら、結局意味がねぇんだよな。
戦略や戦術は、かっこよくは聞こえるけれど、所詮は道具だ。使わなけりゃ意味がねぇ。
これはどんな事にだって言えるよな。
もへこの店で言ったら、『チラシがチラシになったら、チラシじゃなくなる』し、
ロビンスの治療院で言ったら『国家資格が資格になったら、資格じゃなくなる』ってことだ」
「ど・・・どういう意味ですか? 僕の資格が資格じゃなくなるって・・・」
「ロビンスは、技術と知識を高めていって、ある一定基準を満たしたから資格をもらったんだよな?」
「はい・・。試験に合格しましたし、実務経験も積みました」
「その国家資格は、そういった意味を込めてもらっているはずだ。
でも例えばロビンスが、『自分は国家資格者で、資格さえ取ってしまったら技術なんてどうでもいい』って思ったら、やっぱり技術の質は落ちていくよな。 それじゃぁ、せっかくの資格の意味がなくなるっていうことだ」
「でも、ウルフさん。ボクらだけでできるでしょうか?」
コウちゃんがキリっとした顔で言いました。
「そのことだけどな、この『みんなで守ろう戦略』が『みんなで守ろう戦略』になっちまったら、戦略じゃなくなるって、そう思ったんだ」
「・・・つまり?」
「俺たちは、こころのどこかで『みんなで守ろう戦略』に依存をしていた。
俺たちの気持ちに共感をして、みんなが勝手に動いてくれるんじゃねぇかって、心のどこかで思っていた。
それこそ、『口コミが勝手に広がってくれる』って思っちまっていたんだ」
「私が以前はまりこんでいた考え方に、戻っちゃっていたんですね・・」
もへこは、『ウルフさんの成功サロンの法則』を思いだしていました。
「あぁ、知らず知らずのうちに、依存の方向に心が流されちまっていたんだな・・怖ぇな・・。
俺たちが本気にならなければ、どんな戦略も、どんな解決策も、どんな道具も機能なんてしねぇ。
そして、本気になれるのは、俺たちが『逆境』をくぐってきたからだ。 違うか?」
「確かに・・・ボクは、ボクと同じだけ強い川への想いを、誰もがもてるとは思えません・・」
「僕、治療院を経営するために、色んな本を読んできました。
そこに必ず書いてあることが、『計画を立てること』と『計画を自分に落とし込むこと』だったんです。
でも、その本当の意味がわかっていませんでした・・・。
僕はいつのまにか、『計画のきれいさ』だけを落とし込んでいたような気がします」
「本気になるっていうのは・・・・『強さ』ですね!」
「あぁ・・。 俺たちはきれいなお部屋に飾った花のプランターじゃねぇ。
自分ひとりがきれいに咲いていたらそれでいいっていう立場じゃねぇんだ。
しっかりと大地に強い根をはらなければ、広げることなんてできやしねぇよな!
その為に必要なのが・・」
「『泥んこスピリッツ』ですね!」
3匹が声をそろえて言いました。
「あぁ、泥にまみれようぜ。 俺たちが、誰よりも本気でいようぜ!
そうじゃなきゃ、このプロジェクトをやってはいけねぇ。 キレイに終わらせちゃいけねぇんだ!」
「わたし、お店に来るお客様に呼びかけてみます!」
「僕も、お客様に呼びかけてみます!」
お店を経営しているもへことロビンスが言いました。
「ボクは、ヒロシくんたちに会いに行って、手伝ってもらえないか交渉しに行きます!」
コウちゃんの心のしこりは、『泥んこスピリッツ』によって浄化されていました。
大きな大きな仕事でも、自分にできる小さなことからでも始めようという気持ちが生まれていたのです。
「俺は、オオカミ仲間のキバ介を探して、上流にネットをはるぜ! 力仕事は任しとけ!」
4匹はそれぞれ、『今の自分にできること』に取り組み始めました。
もへこは、『川の掃除に参加してくださった方、10%割引!』というチラシを配りました。
ロビンスは、『川の掃除に参加してくださった方、掃除後に指圧サービス!』というチラシを配りました。
ウルフさんは、キバ介と一緒に上流にごみを集めるためのネットをはりました。
コウちゃんは、これ以上ゴミが流れてこなくなった川の掃除をはじめ、上流のネットに溜まったゴミはヒロシくんたちに定期的に取り除いてもらうようにお願いをしました。
それぞれが、本気で機能をしはじめました。
それは、森の未来が変わりはじめた、最初の1日でした。