それからウルフさんと、もへこと、コウちゃんと、ロビンスは、それぞれ図書館に行ったり、専門家にたずねたりして、川についての膨大な資料を調べ始めました。
どうすれば川がキレイになるのか、それすらもわからないゼロからのスタートでしたが、不思議と誰も不安や疑問を持っていませんでした。
むしろ、新しい挑戦への意欲でワクワクしていました。
こうしている間にも、コウちゃんの住んでいた川はドンドンと汚れていきます。
それはここにいる誰もがわかっていました。
しかし、少なくともそこから抜け出したのです。
泥沼から抜け出し、解決への小さな小さな一歩目を踏み出しました。
そして、だんだんと『川をきれいにする方法』が集まってきました。
「よし、きれいにする方法の特徴がまとまってきたな。これを紙にまとめるぜ」
ウルフさんは紙にエンピツで3つのことを書き出しました。
汚いものを取り除くこと
今以上に汚れないようにすること
みんなの理解を得ること
「この3つが戦略だ。それぞれ名前をつけるぜ。
『ドロドロさよなら戦略』
『サラサラこんにちは戦略』
『みんなで守ろう戦略』
の3つだ!!」
「・・・・・・ダサ・・」
もへこが呟きました。
「・・・・うん、それはナイ気がします・・」
ロビンスがひづめを横に振りました。
「・・ウルフさん・・まじめに行きましょう」
コウちゃんが長い体いっぱいでため息をつきました。
「な・・なんだと!? じゃぁオメェら、これよりもナウいネーミングがあるってぇのか?」
「な・・ナウいって・・」
もへこが寒そうに身体をさすりました。
それからウルフさんをのぞいた3匹は、ワイワイとネーミングを考えはじめました。
ウルフさんはふてくされて、「もういい! 勝手にネーミング考えてろ! オレァ、川の様子をみてくる!」
と、出て行ってしまいました。
結局2時間話し合って、
『デトックス作戦』 『モア・クリーン作戦』 『クリーン・タッグ作戦』と名づけました。
川の様子を見に行っていたウルフさんは、帰ってくるなり
「・・・なんだ、その洗剤みたいな名前は・・・」
とブツブツ言っていましたが、結局過半数の支持を得て可決されました。
ウルフさんは最後まで「プロレスの技みてぇな名前じゃねぇか・・」と文句を言っていましたが・・。
「まぁ、名前なんてどうでもいいしよ・・
おい、ところでよ、さっき川に行ったら面白いことを見つけたぜ!?」
ウルフさんたちはもう一度みんなで川に向かいました。
「ほら、あそこを見ろよ!
あの草が生い茂ってる当たり・・・あのあたりの小魚だけ、死んでねぇんだよ!」
みんなで川を覗くと、草が生い茂っているあたりに小さな小さな魚が集まってキラキラしているのが見てとれました。
他の場所では魚が沢山死んでいるのに、その部分だけ魚が生きていることをとっても不思議に思って、それについてみんなで調べてみると、『植物の根などが、水を浄化する微生物のすみかになる』ということがわかったのです。
ここで4匹は、はじめて『水を浄化する微生物』の存在に気付きました。
その他にも、炭素を使って汚れを取り除きながら浄化微生物を活性化させる方法や、ヨーグルトと納豆とイーストを使って浄化微生物を活発にする方法など、調べれば調べるほど解決策が出てきました。
4匹は手をとって踊りだしました。すごい『解決策』が見つかったぞ!
これで川をキレイにできるぞ!
さぁ、みんなで川をキレイにしよう!!
めでたしめでたし・・・・
と・・思っていたのですが、それから2週間たって、とんでもない問題に行き詰っていました。
ウルフさんたちがようやく発見をした『解決策』ですが、それには多くの人の手が必要でした。
つまり、3つ目の戦略『クリーン・タッグ作戦』が機能していないのです。
「みんなで川をきれいにしましょう!」と、声をかけても、
「川をデトックスする作戦がありますよ!」と、声をかけても、
貼り紙を出しても、チラシを配っても、誰も賛同してくれなかったのです。
「ん~、川がキレイになったらいいよね~」
「すごいねぇ。応援しているから、頑張ってよ!」
「そうなの? じゃぁ、人が集まったら声をかけてよ。心から協力するから!」
とか・・・・・。 誰一人、積極的に動こうとする人はいませんでした。
とっても暖かい春の朝、4匹は再びもへこのお店に集まって、丸いテーブルを囲んで落ち込んでいました。
「ウルフさん・・わたし、なんだか思い出しちゃいました」
もへこがウルフさんに言いました。
「わたし、アロマトリートメントの技術を習った時、ものすごく嬉しかったんです。本当にわくわくしました。
これでみんなの生活の悩みを解決できるって、本当の本当に嬉しかったんです。
でも、『あなたの身体の悩み、解決します!』っていうチラシを配っても、貼り紙をしても、ホームページを作っても、全く反応がなかったんです。それで、いつの間にか、ひっそりと『隠れ家サロン』になっていました・・」
「ぼ・・僕も、思い出しました・・」
ロビンスがブヒっと鼻をすすりながら言いました。
「指圧の国家資格を取ったとき、怖いもの無しだって思ったんです。
だって、国家資格だから、国が認めた技術ですよね?
でも、みんな駅前のキレイなサロンに行っちゃって・・・、経営が成り立たないんです。
僕なんか、誰も必要としていないんです・・。僕なんか・・」
「ボクは・・・こうしちゃいられない・・」
コウちゃんが長い胴体を起こして、思いつめた顔で言いました。
「こうしている間にも、川が汚れちゃう・・。 ボクの川が・・ボクが守りたいものが・・・
え~と・・ボクは何をしなくちゃいけなかったんだろう・・そうだ! 川を守らなきゃ!!
ボク・・川に行ってきます! すこしでも汚れを出さなきゃ!」
「わ・・・わたしも、お店の経営をしなきゃ!」
「ぼ・・ぼくも、治療院にお客様を呼ばなきゃ!」
ウルフさん以外の全員が椅子を蹴飛ばしながら立ち上がり、出口に向かって走り出しました。
先頭のコウちゃんがドアノブに手をかけたとき・・・
「まて!!」
ウルフさんの太い声が響きました。
出口の3匹は、オオカミに睨まれたネズミのように固まりました。
「出て行くなとは言わねぇ・・。
でもよ、最後に一度、上流の川を見にいかねぇか?
俺たち、一度もきれいな川を見てなかったよな。 4人で、最後に花見でもしねぇか?
な、今日はお休みだ。 こんなに気持ちいい天気だしよ。まだ桜はちょっと残ってるぜ」
出口の3匹は、
「まぁ・・・」
「あと・・・」
「少しなら・・」
と、自分を言い聞かせるようにして、それぞれノロノロとピクニックの準備を始め、もう一度もへこの店に集まったときには、ちょうどお日様が真上に来ている頃でした。
今から出発すれば、夕方には帰ってこれます。
もへこが作ったサンドイッチに、ロビンスが作った鳥のからあげ、コウちゃんが作ったキンピラゴボウ、
そしてウルフさんが作ったサッカーボールのようなおにぎりを持って、みんなで上流に行きました。
最初はちょっと重苦しい雰囲気でしたが、ウルフさんが「ピクニックといえば、『しりとり』だろ?」と言ったのをきっかけに、
「いえいえ、初恋の話にしましょうよ!」と、もへこが言い、
「今まで食べたものの中で、一番おいしかったものシリーズを言い合おうよ!」と、ロビンスが言い、
「言葉の最後に、必ず『だべ』をつける遊びはどう?」と、コウちゃんが言い、
そう言いあっているだけで1時間が過ぎ、いつの間にか上流についてしまいました。
坂道が急に緩やかになり、生い茂っていた木々を抜けると、一気に視界が広がり、目の前に川が見えてきました。
浅くて流れの緩やかな川は、ジャブジャブと向こう岸までたどり着けそうに思えます。
水面にちょっと首を傾げた太陽の光が反射して、キラキラと輝いています。
緑がやや多くなった桜の花びらがヒラヒラと水面に落ち、小さな船のように流れていきました。
4匹は川に足をつけながら、持ってきたお弁当を広げました。
「うわぁ~~・・・気持ちいいなぁ・・・」
みんなが口をそろえました。
「ウルフさん! あごが外れちゃいますって!」
おにぎりを一口で食べようとしたウルフさんを、もへこがあわてて止めました。
「そうか? これぐらい普通だぜ? うわ、なんだロビンス、その油の固まりみてぇなのは!?」
「これはから揚げですよ! ちゃんと中に鶏肉が入っています!」
「うぉ! コウちゃんのキンピラ、食べるところがねぇじゃねぇか! もっとでかいの用意しろよ!」
「そうですか? ボクは4口食べたけれど、まだ残っていますよ?」
「ぐぉ! もへこのサンドイッチには、なんでこんなにオレの苦手なニンジンが入ってんだよ!?」
「え~? ニンジンっておいしいじゃないですかぁ!」
結局ウルフさんは自分が持ってきたおにぎりしか食べられず、「おかずが欲しいぜ・・」と嘆いていましたが、食事は無事に終わりました。
それからしばらく、黙って川を見つめました。
「キレイですね・・・」もへこが呟きます。
「うん・・・気持ちいいね・・」ロビンスがブヒっと言います。
「ぼくは・・・」
コウちゃんが何かを言いかけたとき、向こう岸をさっと横切る影がありました。
「あ・・・・・ヒロシくん・・」
それは、上流に非難をしていたカワウソでした。
ヒロシくんを先頭に、数匹のカワウソが川にやってきて、泳ぎ始めました。
コウちゃんは下を向いてしまいました。
「おめぇ、声かけねぇのか?」
「だって・・・ヒロシくんたちは・・・裏切り者だから・・・」
「・・・・・」
「ボクが泥沼で絶えている時、あいつらはボクを助けてくれなかった。川を救おうとしなかった・・・」
「・・・オメェ・・」
「・・・・・・・・」
「でも・・・、この川を見ていたら・・・、そんな気持ちも薄れていきました。
完全にすっきりしたわけじゃないけれど、こんなにきれいな川なら、ボクだって住んでいたいし・・」
コウちゃんの頬を、涙がつたいました。
「ボクは・・何を見ていたんだろう・・・。敵も味方もないじゃないか・・。
ボクらは、たまたま価値観の違った仲間じゃないか・・・。
ヒロシくんたちを悪者にして、ボクは自分の行動を正当化していた・・・
ウルフさん・・・なんだか泣けてきます。
悔しいんじゃない・・憎いんじゃない・・・。
情けないんです。 自分の弱さが、情けないんです・・・」
「コウちゃん・・・。
オレな、昔はキレイごとがでぇきれぇだったんだ。
『森に住んでいる動物はみんな仲間じゃないか!』みてぇに調子のいいことを言っている奴が、オレを見て逃げていくのを何度も見てきた。 嘘ばっかりじゃねぇかって、そん時は思ったよ。裏切られることも一杯あった。
でも、こうやってオメェらと仲間になれてさ、思うんだ。
『キレイごとも、悪かねぇな』・・・ってさ。
そりゃぁ、現実は厳しいし、嫌なこともいっぱいあるぜ。
でも、こうやってキレイごとが現実になると・・・やっぱ、嬉しいよな・・」
ウルフさんは、自慢の尻尾を川につけてパシャパシャと動かしながら言いました。
「『キレイごと』ってよ、きっと心がキレイな奴にしか言えねぇと思うんだ。
泥沼の中にいたら、嫌な考えがドンドン浮かんでくるだろ? キレイごとなんて絶対言えねぇよな。
きっと人は、『逆境』に押しつぶされるんじゃねぇ。
『逆境に支配されていく自分自身の心』に押しつぶされちまうんじゃねぇかって思うんだ・・・」
もへこも、ロビンスも、コウちゃんも、川の流れに目を落として黙っていました。
それぞれが水面に自分の現状と理想を浮かべて、そっと揺らしていました。
「なぁ、さっきの『どんな遊びをするか』っていう話さ、こういうのにしねぇか?
『それぞれが、自分のキレイごとを暴露する』ってぇの。 もへこのキレイごとってなんだ?」
「わたしは・・・。 アロマテラピーで世界中の人が癒されて、自分の身体を自分で大事にできる環境が出来たらいいなって思います。 ・・ロビンスは?」
「僕は・・・。 関節痛で悩んでいるお年寄りの身体を、指圧で楽にしてあげたいです。将来的には、僕の指圧院が中に入っている老人ホームを全国的に経営できたらいいです。 ・・コウちゃんは?」
「ボクは・・・。 川をキレイにしたいです。そして、もう一度あの川で、みんなと遊びたい。
みんなに伝えたいんだ。 キレイな川がどんなに素敵か・・。それを自分の手で取り戻せるっていうことを!」
「俺の今のキレイごとは、『仲間のキレイごとを守りてぇ』ってことかな・・・。
『キレイごと』でいいじゃねぇか。キレイごとも言えねぇ奴は、笑い飛ばしちまおうぜ!
ナポレオン・ヒルっていう、偉いじいちゃんが言ってたんだ。 『全ての逆境は、成功への糧』ってよ!」
「全ての逆境は・・・」
「成功への、糧・・・」
「今、この逆境も・・・成功への、糧!」
「あぁ! 今、この瞬間も、成功への糧だ!
俺たちだけでもいいじゃねぇか。 まずは行動をしようぜ!
俺たちのキレイごとを、きれいに飾りつけしてやろうぜ!」
それから4匹は、急いで山を下りました。いてもたってもいられなかったのです。
まっすぐにコウちゃんが住んでいた川に向かうと、もう夕焼け空になっていました。
4匹は泥んこになりながら汚れたゴミを運び始めました。
「おそうじだべー!」
「ブヒー!」
「キレイになぁれ~!」
「どっこいしょぉー!」
それぞれの掛け声をあげながら、ゴミを川岸に運び出していきます。
明日には、再び上流から流れてきたゴミが増えていることは、誰もがわかっていました。
今の行動が、意味をなさないことを十分に承知していました。
森の仲間たちは、不思議な掛け声を聞いて、川を遠巻きに取り囲むように集まってきましたが、
「おやおや・・」「やれやれ・・」といった表情で、誰一人手を貸す人はいませんでした。
それでも、奇妙な掛け声は日が暮れるまで森に響き渡りました。
「もへこぉ!! 俺たちのやってること、間違ってるか!?」
「間違ってます!! でもいいです!!」
「ロビンスぅ! 俺たちのやってること、意味がないか!?」
「ないです!! でもいいです!」
「コウちゃん、俺たちのやってること、キレイごとか!?」
「キレイごとです!! でも関係ありません!」
日が暮れるまでゴミをかきだし、ヘトヘトになりながら、汗と涙と泥でぐちゃぐちゃになった4匹は、川岸に大の字に寝転びました。
「なぁ、コウちゃん・・最初に立てた戦略・・覚えてるか? 俺、大事なこと抜かしてた・・・・ハァ・・ハァ・・」
「な・・なんですか? ハァ・・ハァ・・・」
「『泥んこスピリッツ』だ!!・・ハァ・・ハァ・・。 キレイごとをキレイにまとめたら、キレイじゃねぇんだな・・」
「ハァ・・・ハァ・・・相変わらず、ネーミングセンス悪いですね・・・ハァ・・ハァ・・・ハハハハ・・・」
4匹は大の字のまま、再び笑い出しました。
自分が何で笑っているのか、とめどなく流れる涙がなんなのか、誰もわかりませんでしたが、力の限り笑い泣きをしました。
遠巻きに様子を見ていた森の仲間たちは、眉間にシワを寄せながら、いつのまにか帰っていきました。
月の光が汚れた水面をギラギラと照らす神々しい川岸で、4匹の奇妙な夜は過ぎていきました。