ウルフさんの『個人サロンができるまで』

個人サロン経営のフレームワーク

次の日の同じ時間、ウルフさんの家にプッチとミケがやってきました。
眼の下にはクマをつくって、とっても眠そうです。

昨日と同じように、ウルフさんはカモミールティーをそっと淹れ、二人に同じ問いかけをしました。

「答えは出たかい?
『枯れかかっている木があります。 何が問題でしょう』のよ」

プッチがちょっとだけミケに目くばせをした後で、口を開きました。

「はい。 僕たちの答えは、『すべて』です。

木は、葉っぱが茂っていないと養分を生み出せないし、幹がしっかりしていないと倒れてしまう。
根っこがしっかりはっていないと養分を吸い上げられない。

そして何より、木が立っている環境自体。
土とか、場所とか、周りの状況によっても大きく左右されます。
これらを切り離して考えることはできないので、『すべてが問題』だと思います」

「なるほどな。 ミケも同じ結論か?」

「はい。 ウルフさんが言っていた『卵の殻と黄身』の話がヒントになりました。
殻がなければ黄身はダメになるし、黄身がなければ中身がない卵になります。

ですから、どちらが問題ということではなく、『両方が問題』というか、
両方が関連し合っているんだと思います」

「そうだな。 それが新しい考え方だ。
もちろん、言葉では『全部大事だ』と伝えるのは簡単だ。 でも、個人経営者は、それを腹に落とさなくちゃいけねぇ。

今でも時々、『技術と経営は、何対何で、どちらが大事ですか?』って聞かれることがあるけど、
そんなもん、10対10で、両方大事に決まってる。 それが、個人で仕事をするっていうことだと、俺は思う」

「技術も、集客も、すべて大事っていうことですね」

「そうだな。 そして、すべてが繋がっていることが大事だ。
俺はよく、『プランに整合性がない』っていう指摘をセミナーでするけれど、あれは『関連性がない』っていうことなんだ。
たとえば、高度な技術を持っていたとしても、あまりにも安売りな路線で集客をしたら価値が下がっちまう。
プラン全体の整合性を保っていくことが大事だ」
「全体の整合性・・・ですか」

「あぁ、たとえば5階建てのビルを建てるときと、50階建てのビルを建てるときじゃぁ、基盤が全然違うだろ?

外側、つまり目に見えている建造部分と、
内側、つまり目に見えていない基礎部分の、両方のバランスが取れてないと、ビルは立たねぇ。
そして、さっきプッチが言ったような『環境』もすげぇ大事だ。
ゆるゆるの砂地に50階建てのビルを立てることは困難だからな」

「それを、個人サロンに置き換えると、どうなるんですか?」

「今日は、そこについて話し合おうぜ。
木では、『土と、根っこと、幹と、葉っぱが大事』っていうことはわかったよな。

個人サロンの経営も、一度こうやってパーツ分けして考えてみようぜ」

「個人サロン経営のパーツ分け・・・ですか」
「そう言えば私、『個人サロン経営』って言っても、いったい何をすればいいのか、わかっていなかったわ」

「まずは全体像を把握してみることが大事だ。
個人サロンの運営で、大切なポイントを、ちょっと紙に書き出してみな」

「はい。

え~と・・・、まずは、技術。
そして、集客力・・・。
あとは・・・なんだろう・・」

「あとは、接客もあるわよね」

ミケも一緒に考えて、紙に書き始めます。
そうするうちに、いろんな単語が紙に書き出されました。

技術、集客、接客、経理、掃除、広告ツールづくり、リピーターの獲得、ポイントカードづくり・・・

30個以上の単語が、紙にずらりと書き出されました。

「いいか、これがおめぇたちの頭の中だ」

「・・・ぐちゃぐちゃですね・・」

「今は、そうだな。 何をしていいのか、何からすればいいのか、どこから手をつければいいのかが分からない状態だ。 このままだと、問題の本質がつかみにくい」
「それで、答えが出なかったんですね・・・」

「そこでだ。 これを『型』にはめて考えていくぜ」

「型・・・ですか?」

「あぁ、難しい言葉で言うと、『フレームワーク』っていうやつだ。
一定の方式に従って考えることで、答えが出やすくなる。 いわば、定石みてぇなもんだな」

「将棋とか、チェスとかの、定石ですね。 これに沿って考えると、勝つ確率が高くなるっていう・・・」

「でも・・・あ。 『でも』は言わない約束だったわ・・・。
確かに定石は大事だけど、それがわかっていたら誰でも成功するはずなのに、現実はそうじゃないのは、なぜかしら・・」

「ミケ、鋭いことをいうじゃねぇか。
そうなんだ。 『定石』や『フレームワーク』は、単なる『型』でしかねぇ。
この通りになったとしても、うまくはならねぇ。

でも、型の世界には、『守・破・離』っていう言葉があってな」

「シュハリ・・・?」

「あぁ、

まずは、師匠の流儀を徹底的に守る『守』
そして、それが終わった後に、あえて師匠の型以外のものを研究する『破』
最後に、自分独自の型を作り上げていく『離』だ

これは、経営でも同じだと思ってる。
まずは、型を忠実に守って、取り組んでみることが大事だ。
それだけでは完成しないとしても、まずは馬鹿みたいにやってみることが重要なんだ」

「なるほど・・・シュハリですね」

「そう。 この『守』という部分は、ABCが大事だ」

「エービーシー・・・ですか?」

「あぁ、
当たり前のことを、
バカになって、
ちゃんとやる  、ってな」
ここでウルフさんは、昨日と同じように、ニンジンのピクルスを出しました。

「さぁ、今日もポリポリかじりながら、『個人サロン経営フレームワーク』について考えようぜ」

プッチとミケも、ニンジンのピクルスに手を伸ばします。
今日はピクルスの味がわかっているので、昨日よりも思い切ってかじることができました。

「じゃぁ、ひとつ質問をするぜ。

『木の、幹と葉っぱでは、どちらが大事か』 だ」

「またその手の質問ですね。 答えは簡単です! 『両方大事』ですね!」

「さぁ~て、本当にそうか?
これを今日の課題にしようか?」

「待って待って、もうちょっと考えます!
幹と葉っぱで、大事なほう・・・ミケちゃんはどう思う?」

「ん~~~、幹 じゃないかしら・・・」
「なんでそう思うの?」
「だって、葉っぱはなくなってもまた新芽が出てくるけれど、幹は切ったらなかなか育たないもの」

「そうだな。
木は、1年を通じて形を変える。

あったかい夏は葉っぱが茂って、寒い冬は葉っぱを散らして、次の季節の養分にするだろ?」

「それってつまり、『幹の方が大事』っていうことですね・・・」
「プッチ、待って。 そうじゃないわ」
「え?」

「最初の考え方に戻りそうになってる。
『幹の方が大事』なんじゃなくって、『その関連性が大事』なんじゃないかしら」

「あ、最初に言っていたやつだね。 全部が大事なんだけれど、その整合性を取ることが大事って・・・」

「そうだ。 葉っぱよりも幹が大事だからと言って、葉っぱが要らないわけじゃない。
大切なのは、『季節によって形を変える、整合性』が大事っていうことだ。
これを、難しい言葉で『戦略と戦術』って言うんだ」

「戦略と・・・戦術・・・」
プッチとミケは、いよいよ難しい言葉が出てきたので、ごくりと唾を飲み込みました。
ウルフさんは、2本目のニンジンピクルスをスライスしながら、言いました。

「難しいことほど、シンプルにとらえる必要があるからな。 頭をリラックスして進めようぜ。
さぁ、自慢のピクルスだ」

「あの・・・ウルフさん・・」
プッチがちょっと控え目に言いました。

「ピクルスのほかに、何かないでしょうか・・・。
その・・そろそろちょっと・・・」

「なんだ、飽きてきたのか?
そうだなぁ・・・じゃぁ、次は自慢のチーズにするか」

そう言ってウルフさんは、作りたてのモッツァレラチーズを取り出しました。

「ウルフさん・・・チーズまで作るんですか?」

「あぁ、フレッシュチーズなら、発酵に時間はかからねぇからな。
ちょっと手間はかかるけれど、なかなか旨いぜ」

そういって、手でちぎったレタスの葉っぱの上に、
生ハムとフレッシュモッツァレラを乗せたお皿が運ばれてきました。
プッチとミケは、チーズを生ハムとレタスでくるんで口に運びました。

「あ・・・おいしい!」

ミケが目を輝かせながら言います。
プッチも、2つ目に手が伸びます。

ウルフさんはニコニコしながら、自分も生ハムとレタスでくるんだチーズを口に運びました。
「やっぱ、自分で育てたものって、格別だよな・・・」

ウルフさんはニンマリとしながら、嬉しそうにつぶやきました。

「さて、戦略と戦術について、みていこうぜ!」

「はい!」