ウルフさんの『個人サロンができるまで』

お客様は、神様か!?

次の日の朝、プッチとミケは、紙袋に紙をたくさん詰めて、ウルフさんの所にやってきました。
ウルフさんの家に近づくと、なんだか香ばしい、上品な香りがしてきました。

「こ・・・この香りは・・・松茸!?」
ドアをノックしても返事が無かったので、ウルフさんの家の裏にまわると、ウルフさんが七輪で松茸を焼いているところでした。

「ウ・・ウルフさん、朝から松茸ですか!?」
「おぉ~、来たか。 秋の味覚の王道だろうが!
それに朝じゃねぇよ。オレはもうひと仕事したからな。 ご褒美ご褒美♪
ん? おめぇらも食いてぇか?」

「はい! ぜひ!」
「しょうがねぇなぁ。 働かざるもの食うべからずだけどよ、まぁ今日だけは特別な。 ホレ、あちぃぞ」

ウルフさんは小さなお皿に2つの松茸を乗せると、プッチに渡しました。
「で、どうだった? 『深い疲れを持っている人』の、ニーズはわかったかい?」

「はい。 わかりませんでした!」
プッチが元気に返事をしました。

ウルフさんは、松茸を食べようと、大きな口をあけているところでしたが、そのまま止まってしまいました。
「なんだぁ? わからなかったのに、そんなに元気なのか?」

「はい。 調べれば調べるほど、わからなくなって、それで答えが出ました。 ね、ミケちゃん」
「えぇ。 調べても調べてもわからないことを、本人が気づいているわけが無いって、思ったんです」

「ほぉ、やけに自信たっぷりじゃねぇか」
「コレを見てください」
プッチが、紙袋から紙をばさりと出しました。

「昨日調べた資料です。
まず、これは、『ヤクルトヘルスフーズ』が、2008年の6月に2027人の人を対象に行った調査です。

『疲れを感じている』と答えた人は、全体の84%でした。 ほとんどの人が疲れを感じています。
また、そのうち25%の人が『非常に感じている』と答えているので、強いて言えば、この人たちが
『深く疲れている人』だと言えます」

最後にプッチは、かけてもいないメガネをクイっと持ち上げる真似をしました。

「プッチ・・小芝居はいいから、次へ進みましょ?」
「感じている疲れの上位3位は、
1.身体がだるい
2.やる気がでない
3.眠くなる
と、身体・精神・睡眠 の順番であることがわかりました」

「ほぉ~、なかなか調べてきたじゃねぇか」

「はい。 そして次が重要なのですが、疲れを感じる原因として、上位3位は、
1.睡眠不足
2.体力不足
3.加齢
という状況でした」

「最後に、わたしが興味深かったのは、この部分です。
『疲れに対して、どのように向き合っていますか?』という部分で、

『深く考えないことにしている』
『よく眠るようにしている』
『とにかく笑うようにしている』
『疲れるのは仕方ないから、うまく付き合えるようにする』

という意見が出ていることです。トリートメントを受けるというのは、1つもありませんでした。
この部分に、一番ニーズが現れているのではないかと思います」

「なるほどな・・・。 根拠があるってわけだ」

「このデータを見ると、疲れているのは、みんなわかっているわ。
そして、その原因もわかっている。
けれど、どう対処するかの部分で、『自分の疲労と向き合っている人』がとても少ないと感じました。

だから、自分のニーズに気づいていないと言うか、どうしたらいいのかわからない人が多いんじゃないかしら」

「おめぇたちも、本当に成長したんだな・・・。
いや、何が成長したかって、『自分の疲労と向き合っている人』が少ないってわかったのに、
『自分の疲労と向き合いましょう』っていうことを言わなかったことだ。
それを、『どうしたらいいのかわからない人』と、おめぇたちは捉えている。 そこが、成長したと思うぜ」

「僕たちが調べた資料は、他にもあります。よかったら見せますが・・・」
「いや、大丈夫だ。 おめぇたちがよく調べてきたことはわかった。
一つ質問するぜ。
これから、ニーズの分析を元に、どんなお客様を集客するのかを決めるんだが、
おめぇたちは、ニーズを分析してみて、一番何がわかった?」
「僕がわかったことは、『ニーズに気づいていない人が多い』っていうことでしょうか・・・」
「そうか。 ミケはどうだ?」

「なんだか、自分が服を買いに行くときのことを思い出していました。
『秋物の服を買いに行こう』って思ったはずなのに、実際に服売り場に行くと、すごく迷っちゃって・・。
こっちのほうがいいのかも・・・とか、店員さんに聞いたほうが確かなんじゃ・・でも、売りつけられたら困るし・・って悩んで・・・。

そんな時に欲しいのは、『さりげなく、背中を押してくれる人』だと思うんです。
そう考えると、ニーズを聞き出してくれて、その上で自分にとって最適なものをオススメしてくれるっていうことが、一番望んでいることかもしれません・・・

でも!

『さりげなく背中を押しますよ!』って書いてあるお店とか、店員さんが
『悩んでたらすぐに声かけますよ!』みたいなところは、すごく入りづらいんです・・・」

「僕もときどきチラシとかで見て思うんだけど、
『あなたの悩み、お聞かせください』とか、
『カウンセリングを重視していますので、あなたに最適なプランをご提案します』って書いてあるのって、
正直、ちょっと怖いんです。

かといって、何もアドバイスしてくれないのも、なんだかケア不足な気がして嫌ですし・・・」

「お客様の複雑なニーズが見えてきたな。
いろいろと考えていくと、お客様って、悪く言えば、めちゃめちゃワガママだろ?

お客様は神様じゃねぇ。 王様だと思え。
神様なら、願い事を叶えてくれたり、助けてくれたりするだろ?
でも、王様はわがままを言ったり、おだてられなきゃ玉座にも座らなかったりする。

わがままな王様の言うことを聞いていれば、国は潰れちまう。
けれど、王様に『こうしたほうがいいですよ』なんて不用意に言うと、首をはねられちまう」

「そんなぁ・・・僕たちは一体どうすればいいんだろう・・・」
「サロンに置き換えると、
『お客様は大切だけれど、わがままを聞きすぎるとお店が潰れちゃうし、
かといって不用意にアドバイスをしようとすると、拒絶される』っていうことよね・・・」

「さぁ、本題に戻るぞ? 今考えることは、これまで出てきた情報をもとにして、
『どんなお客様を集客するべきか』だ! ミケはどう思う?」

ウルフさんはもう一度、質問を投げかけました。
「わがまますぎる王様は、ちょっと困るわね・・・そもそも人の話なんて聴かないし・・・」
「うん・・・、かといって、自分のことは自分でテキパキやる王様は、サポートなんて要らないもんね・・」
「そっかぁ・・・。サロンに置き換えると、
サポートを必要としている人は、自分のニーズに気づいていないから、サロンには来ないし、
サポートを必要としていない人は、そもそもサロンを必要としていないっていうことね・・」

「でも、王様が言うことをちゃんと聞くケースもあるだろ? 童話とかででてこねぇか?」

「ん~・・・高慢ちきな母親の意見は、聞かざるをえない・・・とかかなぁ・・・」
「あとは、悪い魔女にだまされるケース・・・
そう考えると、あんまりろくなパターンがないね・・」

「確かにな(笑)
じゃぁよ、とぉ~~~ってもワガママなおめぇたちが、オレなんかの話を聞こうと思ったのは、なんでだ?」

「失礼な! わたしはワガママじゃありません! ・・・・でも、なんでだろう?」
「そもそも最初は・・・僕たちがもめていて・・・」
「ウルフさんが、『なんだ、サロン経営のことで悩んでるのか?』って声かけてくれて・・・」
「『決まってるだろう、両方だよ』っていう、謎の言葉を残して去っていって・・・」
「僕たちが、ワライダケを食べさせられて・・・・」
「笑い転げて死ぬところだった・・・・。 なんか、だんだんムカついてきたわ(笑)」

「それは悪かったっつってんだろ。
じゃぁよ、オレが『サロン経営のことならオレに任せときな! さぁ、なんでも質問してごらん!』って言ったら、
おめぇらはどうしてたんだ?」

「胡散臭いので、断ってたと思います・・・ 『あ、大丈夫ですぅ~♪』って」
「そういえば僕たち・・・・・自分からウルフさんに相談を持ちかけたんだった・・・・」

「その通り!
ワガママなおめぇたちに、『教えてあげる!』って言ったって、拒絶するか、依存するかしてたろ?
でもおめぇたちは今、自分で聞いて、自分で行動して、自分で進んでいるんだ。

もちろん、オレはおめぇたちから金はとってねぇから、お客さんじゃねぇ。
でも、もしもこれが商売なら、おめぇたちはオレにとって、めちゃめちゃいいお客さんだ」

そういってウルフさんは、ガハハと笑いながら、札束のウチワであおぐフリをしました。

「僕らは、自分から動いて、ウルフさんについてきた・・・。
つまり、理想的なお客様は、『自分で行動をする王様』ですね!」

「王様のワガママを聞いていると、国は潰れる。 でも、不用意にアドバイスをすると、首を切られる・・。
一体、自分で行動する王様って、どんな王様なんだろう・・・・・・」
「複雑に考えるほど、難しくなるからな、ここはシンプルに考えるぜ?
人には、いくつかの分け方がある。 たとえば、
『人に何とかしてもらいたい人』と、『自分で何とかしたい人』だ。

もちろん、この二つは一人の人間の中に同居してるから、厳密に分けることはできねぇ。
自営業の人や、仕事をしている時は、自分で何とかしようと思って責任感を発揮しても、
家に帰ると、家事をやってもらう人に変わったりするからな」

「おとぎ話の王様でも一緒ね・・・。 人に世話をしてもらいたいのに、ある部分は自分でやりたい・・・」

「『自分で行動する人』は、その真ん中なんだ。
『一人ではできないけれど、サポートしてくれるなら、できる』とか、
『自分ではここまでしかできないけれど、この部分は専門の人に助けてもらいたい』とかな」

「お化け屋敷に一人で入るのは怖いけれど、一緒だったら入れる・・・とかね」
「そうそう。 そういう人、意外と多いだろ?

ミケは、ナナコのサロンでフェイシャルを受けてるだろ?
でも、自分で決めて、自分で受けに行ってるよな。 ナナコから、強引な勧誘は無かったはずだ」

「そ・・・そういえば、わたし、ナナコさんの言うことはきいてる・・・」
「ワガママなミケちゃんを、上手に乗りこなしてる・・・」
「プッチ!」
ミケはプッチをにらみつけると、ウルフさんに言いました。

「ウルフさん・・・・わたし、わかってきました。
わたしがナナコさんのサロンのファンになったのは、ミッキーマウスの後にシンデレラを見たからだわ!

ナナコさんは、押し付けるでもなく、媚びるでもなく、おもてなしをしてくれた・・・。
でも、その後にフォローメールを見て、ナナコさんのすごさを知ったのよ!」

「ま・・・・まってまって!!」
プッチは慌てて口を挟みます。
「僕はまだわからないよ! つまり、どんなお客様を集客すればいいの!?」

「プッチ、違うのよ!!
ウルフさんの『どんな人を集客するか』っていう質問に、まんまとはまったんだわ!

集客できるお客様なんて、可能性はいくらでもあるのよ。 疲れている人が多いように!
だから、『どんなお客様を集めるか』じゃなくって、どんなお客様にするのかのほうが大事なのよ!

ディズニーランドは、ディズニーランドのファンを集めているわけじゃないわ。
ディズニーランドのファンに育てているのよ!」
「そうだ! それを難しい言葉で『顧客戦略』っていうんだ。
つまり、『お客様をむやみに集めるんじゃなくって、お客様が自分で行動するようにを育てていく』っていう方向性のことをよ」

「でも、広告とかを見ると、育てていくっていうよりも、『これをするだけでOK!』とか、『完全サポート!』とか、
『何とかしてあげますよ』っていうメッセージのほうが、多いんじゃないかしら・・・」

「ミケ、鋭いところを突くな! 何でだと思う?」
「ウルフさん、質問ばっかり・・・・。
ん~~~、何でだろう・・・。 やっぱり、そっちのほうが集客しやすいからですかね・・・」

「その通り。 そっちのほうが集客しやすいからだ。
でもな、そういった広告を出してるのは、大手サロンが多いはずだ。
そもそも、広告ってのは基本的に大手や中堅サロンが使うツールだからな。
よく目に付くから、それが集客の基本みてぇに思っちまうけれど、冷静に良く見る必要があるぜ。

大手サロンとかなら、依存的な人がやってきても、人員がいるから対応できる。
クレームを言われても、対応する体制ができてるし、結果が出なくても、承諾書があるし、
『何とかしてあげる』ための高額な回数券だって、クレジット決済で通るだろ?

でも、個人サロンだと、そういうわけにはいかねぇ。
個人サロンには、個人サロンのフィールドがあるんだ」

「それが、『お客様を育てていく』っていうことですね?」

「そう。 個人サロンで、ワガママな王様の相手をするのは、ほとんど無理だ。潰れちまう。
だから、『自分で行動するお客様』に育てるのが、やりやすい方法なんだ。

そうすると、『育てやすいお客様』に絞り込んで集客する必要があるだろ?
そのためには、どうすればいいと思う?」

「ワガママな王様は、人の話を聴かない・・・。
でも、王様に不用意にアドバイスをすると、首を跳ねられちゃうのよね・・・」

「ほとんどの人は、ニーズを持っているけれど、それに気づいていない・・・。
でも、不用意に『これがニーズでしょ?』って言うと、拒絶されてしまう・・・」

「あぁ”~~~~、なんだかあと一歩なのよね!
『深く疲れているお客様』は来なくて、『深く癒されたがっている人』が来るのはわかったのに、
それを『深く癒されたがってるでしょ?』って指摘すると、拒絶されるなんて!」

「どうしたら、振り向いてくれるんだろう!!」
プッチが頭を抱えて丸くなりました。
「振り向いてくれる・・・・・? プッチ、わたし、その言葉、どっかで聞いた!
どこだったっけ・・・・・すごく嫌な気持ちが込み上げてくるこの感覚・・・・。

そうだ! ウルフさんに怒鳴られて、わたしがブチキれたときだ!」

「怒鳴ったのは悪かったって。

そう! 外に向かって叫んでも、誰も振り向いてくれないような、広すぎる絞り方はダメなんだ。
『すみません、疲れてる人いませんかー!?』って叫んでも、
びっくりして一瞬立ち止まるだろうけれど、相手にはされねぇ。

かといって、『すみません、目の奥がどんよりと思くて、疲れている人はいませんかー!?』と言えば、
もしもいたなら、返事をしてくれる確率は高いけれど、同時に胡散臭くて拒絶される確率も非常に高い。
大切なのは、当てはまる人の人数じゃなく、集客できる人数だからな!

じゃぁ、どうやって言えばいいか!?
今回の課題は、これにしようぜ!

『育てやすいお客さまを集客するためには、なんて言えばいいか!?』だ」