ウルフさんの『個人サロンができるまで』

2.技術が大事か、経営が大事か!?

ウルフさんの家は、森の中で一番大きな木の下にある、小さな小屋です。
オオカミと言っても、ウルフさんは家庭菜園までする、野菜好きでした。

木でできた棚には、冬の間も食べるものに困らないように瓶詰めにされたジャムやピクルスがいっぱい並んでいます。 部屋に5つある大きなロウソクの火が、穏やかに部屋を照らしています。

ロウソクは、アロマセラピストのウサギがハーブを練りこんで作ったアロマキャンドルで、部屋の中にはミントやセージのハーブの香りがいっぱいに、でも決して主張しすぎることなく広がっていました。

ウルフさんが淹れたカモミールティーを飲みながら、オオカミのウルフさんと、リスのプッチと、ネコのミケの、奇妙な話し合いが始まりました。

「もう一度整理するぞ。
プッチは、『技術習得はもう十分で、あとは経営が大事』って思ってるんだな?」

「はい、そうなんです。 サロン物件の当てもあるし、早く物件を抑えないと次の入居者が見つかってしまうから、できれば早く開業に着手したいんです」

「そして、ミケのほうは、『技術がまだ不十分だから、開業を遅らせてでも技術を習得したほうがいい』と思ってるんだな?」

「はい。 アロマセラピーとリフレクソロジーとレイキヒーリングは習得したのですが、それだけだとまだ不安で・・・。 ロミロミの技術も習いたいと思っているんです」

「なるほどな・・・。
で、ミケは、何が不安なんだ? アロマセラピーとリフレクソロジーとレイキヒーリングだけじゃ、だめか?」

「技術力が不安というか・・・、それだけで集客できるのかが、不安なんです」

「だからぁ・・。集客は、経営側の僕がなんとかするって言ってるじゃないか・・・」

「まぁまぁ、プッチはちょっと待てって。 ミケの話をしっかり聞いてやろうぜ?」

リスのプッチは、ちょっとふくれっ面になりながらも、うなづいてカモミールティーを口に運びました。

「技術力じゃなくって、『集客できるかどうか』が不安なのか・・。
じゃぁ、今の技術だけじゃぁ、自信がないのか?」

「いえ、今までの経験もあるし、技術力には自信を持っています!
・・・でも、『これだけの技術でいいのかな』って、すごく不安で・・・」

「技術力には、不安はない。 だけど、技術の数に不安があるっていうことか?」

「ん~~~・・・なんというか・・・。 そうじゃないんです・・」

「もぉ! はっきり言いなよ!」
プッチが尻尾をプリプリ振りながら言いました。

ウルフさんがプッチをなだめるように、言いました。
「プッチ、待てって。 そう急いでちゃ、いい結論はでねぇぞ?
お茶飲みながら、ゆっくり考えりゃいいんだ。

ミケも、焦ることはねぇ。 思いついたことがあれば、言ってみな?」

「はい・・。

他のサロンは、ロミロミとか、フェイシャルエステとかを取り入れて、どんどん集客してるのに、今更アロマセラピーとリフレクソロジーだけじゃ、ブームに取り残されるのかなって・・・」

「なるほどな。 技術力には自信があるけれど、集客には自信がないっていうのは、そういうことか。
目新しい技術を入れて、ブームに乗った方が集客しやすいって考えたんだな」

「はい。 アロマとかリフレだけのお店って、今さら流行らない気がして・・」

「さっき言ってた『他のサロン』ってのは、どこで調べたんだ?」

「インターネットです。 サロン紹介サイトとか、美容系のポータルサイトでは、どんどん新しい技術が紹介されていて・・・」

「それで、『今の技術だけじゃ足りない』って思ったわけか」

「ミケちゃん、そんなこと言わなかったじゃないか・・。 そう言ってくれたら僕だって・・」
「言ったのに、プッチが聞いてくれなかったのよ! そりゃぁ、説明は下手だったかもしれないけれど・・」

「あのな、人には『思考のねじれ』ってのが存在する。 『好きなのに、嫌い』とかな。
それは、どっかに負荷がかかってねじれちまうものなんだ。

たとえば、スプーンが長方形なら、スプーン曲げはできねぇ。
でも、くびれている部分があると、そこから曲げることができるだろ?
考え方も同じだ。
どっかに圧がかかると、ねじれやすくなっちまう。 一つずつ丁寧に紐解いていって、きれいな長方形に戻せば、ねじれはおさまることが多いんだぜ」
「そうか・・・。僕がミケちゃんに問い詰めるように聞いたから、そこに圧がかかって、ねじれちゃったんだね・・」

「私も、自分で『技術力が大事』って言っている意味が、今わかったように思うわ。
きっと、私の説明もへたっぴだったのね・・・」

「よし、二人のこれまでの問題だった『思考のねじれ』がわかったところで、
そのねじれが起きないために、ここからの話し合いにはルールを決めようぜ」

「ルール・・ですか?」

「あぁ、それは、『否定的なことを言わない』っていうことだ。
どんなにおかしな話でも、一度『なるほどね』とか、『そういう考え方もあるね』って、飲み込んでから、次の発言をしようぜ。

そうすりゃぁ、ねじれの少ない、頑丈な考え方がみんなで作れるはずだ」

「はい! わかりました。 ここからは、『でも』とか『それはおかしい』っていうことは言わないようにします」

「よし、じゃぁ次は、プッチの話をゆっくり聞いていこうぜ?
二人とも、ニンジンのピクルスはいるか? なかなかいけるぜ?」

そいう言いながら、ウルフさんは瓶詰めが並んだ棚から、自慢のピクルスを出して、薄くスライスしました。

プッチもミケも、最初は恐る恐るにおいをかいで、小さくかじっていましたが、だんだんと病みつきになる味で、2つ目を自分のお皿にとりました。

「さぁ、次はプッチの経営についての話を聞こうぜ?」