「おめぇたちは、『コンセプト』っていう言葉は知ってると思うが、どんな意味か知ってるか?」
「コンセプト・・・え~っと、『企画』っていうことでしょうか?」
プッチが言いました。
「まぁ、ニュアンスはわかるけれど、もうちょっと簡単に考えてみ? シンプルに。 どうだ? ミケ」
「ん~~~~、『何がしたいか』・・・でしょうか」
「うん、近くなった。
コンセプトってのはな、わかりやすく言えば、『誰に、何をして、喜んでいただくか』だ」
「意外と簡単なんですね・・・」
「あぁ、簡単に考えるほうがわかりやすいだろ?
まずは、コレについて考えてみようぜ。 ミケは、どうだ?」
「えぇっと・・・。
『心と身体が疲れている人に、アロマセラピーとリフレクソロジーとレイキで、喜んでいただく』 かな・・」
「プッチはどうだ?」
「はい。 やっぱり『疲れている人に、技術を通じて癒しを提供し、喜んでいただく』・・でしょうか」
「まぁ、二人とも同じ路線だな。
じゃぁよ、『疲れている人』って、誰だ?」
「え・・? 疲れている人は・・・いっぱい居るんじゃ・・・」
「ストレス社会ですし・・・ テレビでも雑誌でもストレス解消法を取り上げてるし・・・」
「よし、じゃぁ試しに今から外に向かって、『お~い、疲れてる人~』って声をかけてみ?
反応があると思うか? プッチ、どうだ?」
「いえ・・・無いと思います」
「そもそも、それをやる意味がわかりません・・・」
「これをやって、誰も反応してくれないんなら、どんだけ広告を打っても反応はねぇぞ?
外に向かって叫ぶのと、チラシを配って叫ぶのと、どこに違いがあるんだよ!?
わざわざセラピストが出てきて声を出してるのに、反応が無いんなら、
なんでチラシだったら反応があると思うんだ!?」
「そ・・・それは・・・」
「逃げてんじゃねぇよ。 本当はわかってるはずだ。
そのメッセージなら、チラシを出したってホームページを作ったって反応が無いことくれぇよ!」
「でも・・・ターゲットを絞りすぎると、誰も来てくれないような気がして・・・・」
「それに、わたしたち、チラシじゃなくってクチコミをメインにするつもりですし・・・」
「馬鹿やろう!
当てはまる人の数と、サロンに集客できる人数は、比例しねぇんだ!
当てはまる人数がどれだけ多くたって、疲れている人間がどれだけ多くたって、
サロンに集客できなかったら、なんの意味もねぇだろうが!
おめぇたちが今考えなきゃいけねぇのは、『サロンに集客する人』のことだ!
それにな、ミケ、チラシを出してもこねぇような店を、誰がクチコミしてくれるんだよ!?
客に甘えてんじゃねぇぞ!? クチコミしてくれる人間なんていねぇとおもっとかねぇと、店はつぶれっぞ!?
おめぇたち自身の力で集客すんだよ!
その姿勢をずっと見てくれたお客様が、何ヶ月も時間が経ったあとで、ようやくクチコミしてくれるんだ!」
「あの・・・」
プッチがそういいかけたとき・・
「わたしたち、そんなに強くありません!!
なによ、さっきから聴いてれば、駄目だ駄目だ駄目だって!
あんたが言うことができるくらいなら、最初っからやってるわよ!
できないから相談してんでしょ!? そのくらいわからないの!?
わたしたちはね、あんたみたいに強くないのよ!
もっと楽に、もっと手軽にって考えて、どこがいけないワケ!?
あんたみたいな当たり前のこと、誰だって言えるわよ! 本にだってどれだけでも書いてあるじゃない!
経営の近道を教えられないんなら、最初っからそう言えばいいでしょ!?
もったいぶって、『基本が大事、本質が大事』って、もう聞き飽きたわ!!」
ミケが大声で叫んだかと思うと、目に大粒の涙を溜めて、その場にうずくまって、大声で泣き出してしまいました。
プッチは、ミケを抱きかかえるようにして、肩に手をまわします。
ウルフさんは、冷めかけたコーヒーをちょっぴり悲しそうな顔で、ちょっとだけ飲みました。
「・・・悪かったな。 おめぇたちをそこまで追い詰めてるとは、思ってなかった」
ウルフさんは、コーヒーカップをソーサーにカチャリと置くと、静かに言いました。
「プッチ、今日のところは、連れて帰ってやれ。
もしもおめぇたちに、まだ俺の話を聴く気があるなら、またいつでもこいや」
プッチは、どうしたらいいのかわからない、気まずそうな顔で、ミケを連れてウルフさんの家を後にしました。
秋の夕暮れが、ミケの涙を真っ赤に照らし、二人の影は後ろに長い二本の線となって伸びていました。
落ち葉を踏みしめる音が、涙をすする音に聞こえて、森はいっそう寂しさを増していくようでした。
ミケは、今日は自分の家に帰りました。 帰ったときには、もう真っ暗になっていました。
帰ってからも、悔しくて悔しくてたまりませんでした。
ウルフさんの全てが嫌で、腹が立って仕方がなくなったのです。
ミケは、明日もナナコさんのサロンに行って、話を聞いてもらいたいなと思い、予約状況をホームページで確認しようと、『かおらっくす』のホームページを開きました。
「あ・・・・・」
ミケの目に飛び込んできたのは、これまでは何気なく読んでいた、トップページにあるキャッチコピーでした。
『エステサロンで嫌な思いをしたけれど、それでもエステを受けたいあなたへ』
ミケは、大手のボディエステサロンで、嫌な勧誘を受けた記憶を思い出しました。
あんな思いをしたら、もうエステサロンには行きたくないと思ってしまいます。
でも、顔のお手入れが大事なこともわかっているので、『本当に安心できるエステサロンに行きたいなぁ』と、ぼんやりと思っていたのでした。
キャッチコピーの下には、短くてパワフルな言葉が、小さく続いていました。
『わたしたちのサロンは、勧誘を一切せず、「お客様が感じる安心感」を大切にしています。
あなただけの、専属フェイシャルセラピストに、わたしはなりたい ナナコ』
ミケは、その文字を読んで、再び泣き崩れてしまいました。
背中においてあったクッションを抱きしめ、声を包み込むように泣きました。
そうして、一通り泣いた後、携帯電話を手に取り、ダイヤルボタンを押しました。
(プルルル・・・・プルルル・・・・ ガチャ・・・ はい、ウルフです)
「ウルフさん、ミケです」
(・・おう、ミケか。 今日は悪かったな・・)
「いえ、わたしこそ・・、いえ、わたしが悪かったんだと思います。すみません」
(・・おう。 今日はゆっくり寝ろよ。 またいつでもこいや)
「はい。 ありがとうございます。おやすみなさい」
電話を切った後、ミケは フゥ~~~っと、一息つくと、「よしっ!」と小さくつぶやいて、紙を取り出し、
上に大きく力強い文字で、『コンセプト!!』 と書きなぐりました。
その日、夜遅くまでミケは自分のコンセプトを掘り下げて、何枚も紙がいっぱいになった頃に眠りに落ちました。
次の日の朝、プッチはドアを騒がしく叩く音で眼が覚めました。
「プッチィ~~! まだ寝てるの!? 行くわよ!」
「ミ・・・ミケちゃん? どうしたの!? 行くって、どこへ?」
「ウルフさんの所に決まってるでしょう!」
「え?? だって・・・え?」
「いいの! 行くったら行くの! さ、早く準備して!」
ミケは、いつになくハイテンションでした。
昨日、夜遅くまで考えて、何かを吹っ切ったようです。
「今日こそは、ウルフさんをうならせてやる!」
ミケは昨日考えたコンセプトの紙を丁寧に折りたたんで、ウルフさんのところにプッチと向かいました。
ウルフさんは、相変わらず畑の手入れをしていました。
「ウルフさん! コンセプト作りました!」
ミケはズカズカとウルフさんに近づき、昨日書きなぐった紙を突き出しました。
「おぉ~、そうかぁ。 がんばったじゃねぇか。
まぁ、中に入ってからゆっくり聴こうじゃねぇか」
3人はウルフさんの家に入りました。
ウルフさんはなにやら茶葉を煮詰め始めます。しばらくするとそこに牛乳と砂糖を加えて、再度沸騰させました。
沸騰し終わるとしばらく時間を置いて、茶漉しを使ってカップに注ぎいれました。
「ほれ、今日はあったかいチャイだ」
「うわぁ~~~・・ウルフさんの家、喫茶店ができますね(笑)」
チャイは、甘い中にちょっとだけピリっとした苦味がある、奥の深い飲み物でした。
ミケは猫舌なので、ふぅ~ふぅ~と何度も吹きながら、少しずつ飲み始めました。
「さて、さっきの紙、もう一回見せてみ?」
ウルフさんは、ミケが一生懸命に書いてきた紙に、今度はしっかりと目を通します。
そこには、何度も何度も書き直した後に、赤い目立つ文字で、こう書いてありました。
『クイックマッサージでは満足できない深い疲れを持った方に、
アロマトリートメントとリフレクソロジーを融合した技術で、高い満足感を提供して、喜んでいただく』
「なるほどな。絞ってきたな」
「はい!」
「この、アロマとリフレを融合した技術ってぇのは、どんなのなんだ?」
「基本的には、フットとボディのリフレクソロジーを中心としていくつもりです。
でも、それだけじゃなく、全てのコースにアロマをつけて、癒しの度合いを深くしたいんです」
「そういうことか。 だいぶ具体的になってきたとは思うぜ。
だが、相変わらず厳しい質問を投げちまうが、他の同じことをしているサロンと、どこが違うんだ?
アロマを取り入れたフットとボディのリラクゼーションサロンなんて、いくらでもあるだろ?」
「それは・・・・もっと深くしたいんです!!」
「そうだ!! 」
ウルフさんは、大きな声で言いました。
「そうなんだ! 戦略ってぇのは、もちろん大事なポイントだし、最初にしっかりと決めなきゃいけねぇポイントだが、この部分での差別化なんて、そうそう図れるものじゃねぇ。
もしもそれができるなら、戦略研究家になれちまうぜ」
「でも、ウルフさん、戦略が大事だって・・・」
「大事だ。ものすごく大事なことだ。
この部分は重要だから、よぉ~~~く聴いておけよ?
よほど奇抜なことを考えない限り、戦略はある程度、他のサロンと重なってくる。
『お客様を大事にしたい』とか、『アロマを融合させて、深い癒しを提供したい』とかな。
この部分を固めることが大前提となるんだが、その次に大事なことは、
どれだけ徹底できるか なんだ。 徹底すりゃぁ、それがブランドになる! 強みになるんだ!」
「最初に言っていた、『基本の上に成り立つ強み』ですね?」
「そうだ!
ミケが言った『アロマを取り入れたトリートメント』なんて、誰でもできることだし、やってることだ。
でもな、『それを、どうやって徹底的に提供するか』を考えるのが、戦術なんだ!」
「どうやって徹底的に提供するか・・・」
「たとえば、『アロマを使ったトリートメントです』ってうたっていても、実際にはお客様は良くわかっていなかったりする。お客様はアロマの匂いを嗅ぎたいわけじゃねぇからな。 心と身体を癒してぇんだ。
そんな中、それでもアロマを使った深い癒しを提供していきてぇのなら、そこには『徹底した強み』が必要なんだ。 これを作り出すのが、『戦術』だ!」
「戦略は変えちゃいけないもの・・・・戦術は変えてもいいもの・・・・。 強みは変えてもいいんですか!?」
プッチが混乱して聞きました。
「違うな。『強み』は、徹底するから生まれてくるものだ。 それを生み出す方法は、状況に応じて変えてもいい。
たとえばおめぇたちが、電気とガソリンを使わずに世界一周する旅に出かけたとする。
走ってるうちに、いろんな困難が起こるよな? 山もありゃぁ海もあるだろ?
そんな時に、『徹底的に、電気とガソリンを使わずに世界一周すること』にこだわっていりゃぁ、
走っても、ヨットを使っても、自転車を使っても、何を使ったっていいはずだ。
要は、電気とガソリンを使わずに世界一周すれば、目的を達成したことになって、みんなが賞賛してくれる!
ブランドってぇのは、そういうことだ。
何が何でも達成するもの、それが戦略で、それを実現するためのいろんな方法が戦術なんだからな」
「たとえば、戦略が『電気とガソリンを使わずに』なのに、戦術で『自動車』を使ったら、整合性がないっていうことですね!?」
プッチが身を乗りだして言いました。
「その通り! だいぶわかってきたみてぇだな!
コンセプト作りっていうのは、戦略作りの基本だ。
基本だからすげぇ大事なんだけど、これは『方向性』を決めるだけだから、大きな困難はないはずだ。
それよりも難しいのが、戦術作りだ。
決めた戦略、つまりコンセプトを、どうやって徹底的に貫くか・・・。 これが2番目に難しい」
「2番目? ・・・ということは、1番目があるんですか?」
「ある。 一番難しいのは、実行することだ。 これが一番難しい。 いうのは誰だってできるからな」
「なるほど・・・1番大事な部分が、1番難しいとは限らないんですね・・・」
プッチがメモを取るペンを止めて、言いました。
「さぁ、コンセプトを固めたら、今度はそれを実行できるように落とし込んでいくぜ!
そこで、今日も課題を出すな」
「や・・・やっぱりですか・・・」
プッチがちょっと気弱に言いました。
「何いってんの! ぜったい答えて見せるワ!」
ミケは、ハイテンションで答えました。
「おめぇたちのコンセプトは、
『クイックマッサージでは満足できない深い疲れを持った方に、
アロマトリートメントとリフレクソロジーを融合した技術で、高い満足感を提供して、喜んでいただく』
っていうことだよな。
そこで、今回は、『クイックマッサージでは満足できない深い疲れを持った方』っていうのが、
どんなニーズを持っているか、考えてみてくれ。 何をしたら、一番喜ぶと思うか・・だ!」