次の日の朝、プッチとミケは、不安な足取りでウルフさんの家にやってきました。
しかし、ウルフさんの家に近づくにつれて、なんだか甘くていいにおいがします。
ウルフさんの家の窓をあけると、そぉ~~~っとオーブンの蓋を開けているウルフさんがいました。
「ウルフさん、何やってるんですか?」
プッチが尋ねると、
「ちょっとまて! 今、大事なとこだから!!」
と、追い払われてしまいました。
「・・・よぉ~~~し、完成だ!」
そういってウルフさんがオーブンから取り出したのは、キレイに並んだシュー皮でした。
これから、中にクリームを詰めて、シュークリームを作るのです。
「シュー皮は、冷め切らないうちに表に出しちまうと、一気にしぼんじまうからな。タイミングが大事なんだ。
そこに、このカスタードと7分立ての生クリームを混ぜたダブルクリームを入れると、うめぇんだ、コレが!」
そういってウルフさんは、生クリームを絞る袋の先に、とがった器具を取り付け、
シュー生地をプスっと刺して、ダブルクリームを絞り入れていきます。
「ほらよ、食ってみな」
プッチがシュークリームにかじりつくと、柔らかいクリームが、よこからムニュっと出てしまいました。
「違う違う、シュークリームは、こうやって逆さに食べんだよ」
と言って、ウルフさんはシュークリームのひらぺったい方を上にして、かじりつきました。
すると、生クリームが出ずに、しっかりと食べられました。
「シュー生地は、下のほうが固ぇからよ、かじりやすい上の歯でかじったほうが、キレイに食べられるぜ」
「ウルフさん・・・通ですね」
それから何気ない話をしながら、3人でシュークリームを食べ、テーブルを片付けると、
ウルフさんは背筋を伸ばして言いました。
「さて、今日からおめぇたちのサロンの、具体的な戦略に入っていくぜ」
「はい!」
「まずはおさらいだ。 戦略と戦術は、木にたとえられる話はしたな。その時に、一番大事なことはなんだ?」
「はい、整合性です」
「そうだ。 ちゃんと筋が通ってるかが大事なんだ。そのためには、シンプルに考える必要がある。
難しく考えちまうと、整合性を取るのが難しくなるからな」
「あと、戦略と戦術を、目的地と手段にも分けたよな。覚えてるか?」
「えぇ。 戦略が目的地で、戦術が手段。 そしてそこに、到着目標時間と行く目的が入ってきます」
「そうだな。 戦術は、
そこに行く目的、つまり『なぜサロンをやるのか』という目的と、
そこに到着する目標時間、つまり『どのくらいの売り上げを上げるのか』という売上目標と、
現在地、つまり『今の自分のスキルや、周りの競合の状態がどうなっているか』によって決まるんだよな」
「はい、ちゃんと覚えています」
「おめぇたちの目的と目標をもう一度確認するぞ。 ミケ、サロンを開く目的はなんだ?」
「『一人一人のお客様に、ゆったりとした時間を過ごしてもらうこと』です」
「よし、それを絶対に忘れるなよ?
じゃぁ、プッチ。 サロンの売上目標はいくらだ?」
「はい。 月々80万円です」
「よし、今から大事なことを言うぞ?
『一人一人のお客様に、ゆったりとした時間を過ごしてもらいながら、しかも月々80万円売り上げる方法』を、
これから導き出さなきゃいけねぇんだ。この部分が、大事だぞ?
多くのサロンが、方法を考えていく中で、ついつい『手段』に目を奪われる。
どうやってチラシを作ろうか・・・とか、
どんなホームページと作ろうか・・・とか、
どれだけ安く運営しようか・・・とかな。
そんなもんは、どれだけ考えたって、目的と目標を達成するためじゃなかったら、意味がねぇ!
今から考えることは、おめぇたちの目的と目標を達成するための、戦略と戦術だ。
これだけは、肝に銘じとけよ! 絶対に忘れるなよ!」
「あの・・・1ついいでしょうか?」
「ん? どうしたミケ」
「その・・・戦略とか戦術とかを考えていくときに、目的とか目標とかが、もしも『無理だ!』って思ったら、目的とか目標とかを変えてもいいんでしょうか・・?」
「おめぇ自身は、どう思ってるんだ?」
「あの・・・。 変えちゃ駄目なのは、なんとなくわかるんです。
でも、現実的に考えて、やっぱり難しいことって出てくると思うんです。
そんな時は、売上目標を下げるとか、目的を変えてみるとか、そういった方法をとってもいいのかなって・・」
「プッチは、どう思う?」
「僕は・・・今は、わかりません。 まだ、『できるかどうか』も見えないですから・・・」
「『んなもん、駄目に決まってるじゃねぇか!!』
って、怒鳴るのは簡単だけどよ、ちょっと考えてみてくれ。
今、おめぇたちは、サロンを開業するっていう可能性の苗を植えたんだ。わかるか?
産まれたての可能性は、産まれたての苗と一緒だ。
苗を買ってきて、ちょっと育ててみて、『あ、この木を育てるのは難しいかもしれない・・』って思ったら、どうする? 放り投げるのか?」
「安易には、そんなことはできません・・・」
「枯しちまっても仕方ねぇか?」
「・・・いえ・・・」
「可能性はな、生まれた段階から意味を持ってる。
おめぇたちが、サロンをやろうと思ったのは、その目的と目標を実現するためだろ?
それを変えちまうっていうことは、『やっぱ、この苗やーめた』って言うのと同じじゃねぇか・・?」
プッチとミケは、下を向いて黙っていました。
「どう頑張っても枯れてしまったのだとしたら、反省して改善して次の苗に挑戦できるかもしれねぇけれどよ。
まずはできるだけのことをまずはやってみようぜ。
もしもな、中途半端な気持ちでサロンを作るなら、今のうちからやめとけよ。
サロンがかわいそうだ」
ウルフさんは、うつむいているプッチとミケに、さらに言葉を投げかけます。
「もちろんな、サロンと苗は違うものだ。
でも、1回そう考えてみな? また違った見え方があるはずだからよ。
さぁ、わかったら、『その子』をどうやって大きくしていくか、考えてやろうぜ」
プッチとミケは、さっきとは違った、真剣な顔でウルフさんの方をむくと、
「はい!」
と、力強く返事をしました。
いよいよ、プッチとミケのサロンの戦略づくりの始まりです。