ウルフさんの『個人サロンができるまで』

9.分析から戦略を導き出す

次の日の朝、3日ぶりにウルフさんの家を訪ねてドアをノックすると、返事がありませんでした。
おかしいなぁと思い、裏口に回ってみると、ウルフさんが麦藁帽子をかぶって、畑にうずくまっていました。
後ろからそっと近寄ると、ウルフさんは大根の葉っぱを収穫していました。

「おう、もう来たのか? なんか少し日にちが空いただけなのに、久しぶりだなぁ」
プッチが、大根の葉っぱがたくさんあるのを見て、聞きました。
「あの・・・大根の葉で、おひたしとかを作るんですか?」
「いや、作るのは、ケーキだ」
「ケ・・・ケーキ!?」
「あぁ、大根の葉の蒸しケーキ。おめぇたちの分は、もう作ってあるぞ?」

プッチとミケは、収穫した大根の葉を運ぶのを手伝い、ウルフさんの家に入りました。
テーブルには、色合いのいい緑色の美味しそうな蒸しケーキが乗っています。
蒸しケーキのお皿には、ふんわりとホイップした生クリームも添えてありました。

「これ・・抹茶とかじゃないんですか?」
「あぁ、大根の葉をミキサーにかけて作るんだ。けっこう簡単だぞ?」
「へぇ~・・頂きます」
ミケがケーキを口に運びます。

「あ・・・ちょっとほろ苦いけれど、確かにケーキです。 美味しい♪」
「ちょっと大根の葉っぱの苦味が出ちまったかな? この季節の葉っぱは虫がつきにくくって使いやすいんだぜ?」
ウルフさんがニンマリとしながら、深煎りコーヒーをサーバーからカップに注ぎました。

ミケは、ナナコさんのことを切り出しました。
「ところでウルフさん、ナナコさんって知ってます? 『かおらっくす』の・・・」
「おぉ~~~、懐かしい名前が出てきたな。 ナナコな。 知ってるぜ? なんだ、知り合いか?」
「昨日、お会いしてきたんです。そうしたら、たまたまウルフさんの事が出てきて」
「あいつ、変なこと言わなかったろうなぁ~~。ちゃんとオレのことを褒めてたか?(笑)」
「りんごの話、聴きましたよ?」
「りんご? 何のことだ?」
「え? 『利益は、りんごの箱から溢れたりんごを売るようなもんだ』って、ウルフさんに言われたとか・・」
「えぇ~~~? そんなこと言ったか? 俺。 そんなことイチイチ覚えてねぇや。
それで、灯台は見つかったのか? 『成功するサロンが、なぜ成功しているのか』
プッチ、どうだ?」

「はい。 ウルフさん、何度も答えをくれていたんですね。
それは、『基本の上に成り立つ価値』があるかどうかだと思います。
ウルフさんが、ミケちゃんに怒鳴ったとき、
『競合と同じことができるレベルがあって、その先に自分だけの価値を見つける』って言っていましたが、
あれが、そのまま答えだったんだと気づきました」
「ミケはどうだ?」

「はい。 わたし、ナナコさんの施術を受けたんです。
実はその時は『ちょっといいかも』くらいで、特別な魅力を感じませんでした。
でも次の日、ナナコさんからフォローメールが届いたんです。それでわたし、すごく感動しちゃって・・。

そうしたら、いろんなことがフラッシュバックしたんです。
あそこも良かった、あそこで気遣ってもらったんだって。それですっかりナナコさんの虜になっちゃって・・」

「あいつ、俺の言ったこと、まだちゃんとやってやがるんだなぁ」

「それで、思ったんです。『基本的なことは、さりげない』って。だから、その時は大きな感動って無いんです。
でも、そのセラピストの価値っていうか、思いやりとか人間性に触れたとき、基本的なことの価値が何倍にもなってわたしにのしかかってきた気がするんです・・・」

「なるほどな・・・。 つまり、『成功するサロンが成功している理由』って、何だと思うんだ?」

「あたりまえを、ちゃんとやること・・・。
そして、その上で、『自分だけの強みや価値』をつけることだと思います」
「そうだな。 じゃぁよ、当たり前のことと、自分だけの価値は、どっちが大事だ?」

「・・・・・・・・・・・・両方です。
両方の整合性があって、初めて価値が生まれるんだと思います。

別のサロンでは、強烈な勧誘を受けました。
もしもそこがどんなフォローメールを送ってきても、わたしには響かなかったと思います。
基本的に、嫌いだから。そのベースの上では、どんな価値をつけても無駄だと思います。

そして、ナナコさんがフォローメールを出さなかったら、これも虜にはなっていないと思います。
基本的なことができるだけじゃダメって、ナナコさんが言っていたのは、これじゃないでしょうか・・・」

「よし、わかってきたな。
いいか、『基本ができて、その上で感じられる価値』のことを、難しい言葉で『受け取り価値』って言うんだ。
この『受け取り価値』が高いサロンが、成功するサロンだって言えるだろう」

「受け取り価値・・・?」

「たとえば、コンビニがあるよな。 コンビニは、スーパーでものを買うよりも高い。
けれど、人はコンビニでも、けっこう物を買う。
そこには、『利便性』っていう受け取り価値があるんだ。
品物があるのは当たり前、それだけだったらスーパーに負ける。
でもそこに、24時間営業とか、振込みができるとか、いつでもものがあるっていう利便性があれば、
価格が他よりも高くても、利益を出せる。 これが、『受け取り価値がある』っていう状態だ」
「当たり前のことをして、その上で、どんな価値があるのか・・・っていうことですね」

「そうだ。 ベースは、『当たり前のことをやるかどうか』なんだ。
それがねぇのに『自分はすごいセラピストです』って主張するほど、マヌケなことはねぇ。

ミケに怒鳴ったのは、あたりまえのことをちゃんとやらずに、個性ばかり主張するサロンが多いからだ。
ディズニーランドの、シンデレラとミッキーマウスの役割の違いって、知ってるか?」

「役割の違い・・・?」

「同じランドの中に、ミッキーマウスって言うシンボルと、シンデレラっていうシンボルが共存してる。
でも、2人には決定的な役割の違いがあるんだ」
「ミッキーマウスは・・盛り上げ役? シンデレラは・・きれいどころ?」
「お、いいところ突くな。

ディズニーランドに入って、最初にいるのはミッキーマウスだ。どこもかしこもミッキーのマークがあるし、時にはミッキー本人がお出迎えしてくれることもあるだろ?」
「ウルフさん、よく知っていますね・・・」
「でも、ディズニーランドのど真ん中にあるのは、ミッキーの城じゃねぇ。シンデレラ城だ。
こんなにミッキーが頑張ってんのに、なんでど真ん中はシンデレラ城なのか・・・」

「そこに、役割の違いがあるんですね?」

「その通り。 シンデレラは、ど真ん中に陣取っているのに、会える時間が限られている。いつだと思う?」
「え・・・・いつだっけ・・・。シンデレラ姫を見ることができるのは・・・そういえば昼間はあまりみないな・・」
「パレードよ! 夜のパレードのときに、シンデレラ姫は出てくるわ!」
「その通り! シンデレラは、ほとんど夜のパレードにしか出てこねぇ。
シンデレラが昼間にバンバン出られたら困る事情があるからだ」
「姫の・・・日焼けとか?」
「ガングロの姫は、確かに印象悪いもんね・・・」
「ばかやろ。そうじゃねぇよ。
シンデレラは、ディズニーランドのブランドを守ってんだ。だから、憧れられる存在じゃなきゃいけねぇ。
つまり、『身近にいすぎると、困る』んだよ。

一方、ミッキーマウスはディズニーランドのレセプション、つまりおもてなしを担っている。
ゲートをくぐって、ミッキーマウスが元気に出迎えてくれるから、わくわくしながら夢の国に行けるんだ。
これが、シンデレラがお上品に出迎えてくれたら、親戚の家に行くよりも入りづれぇじゃねぇか!」

「た・・・確かに、入りづらい・・・」

「個人サロンも一緒だ。 最初っから憧れられるためにシンデレラを出したんじゃ、お客様も気まずいぜ。
最初はミッキーマウスみてぇに、一生懸命 元気におもてなしをすることが大事なんだ。
その順番を間違えると、基本の足元をすくわれちまうぜ」
「それが、ウルフさんがわたしに教えてくれた、『自分の強み』は後から・・・っていうことですね?」

「そういうことだ。
基本と強みの整合性があって、はじめてブランドが生きる。

ミケが、最初はナナコのサロンの魅力に気づけなかったのは、『基本』しか意図的に見せなかったからだ。
その上で、『付加価値』っていう、ナナコのブランドに触れた。

だから、ナナコのサロンは、ディズニーランドみてぇにリピート率が抜群になってんだ」

「あのメール・・・そういった戦略だったんですね・・。それもウルフさんが?」
「気づいたのはナナコ自身だからな、オレぁただ怒鳴ってただけだぜ」

ウルフさんは、ちょっとはにかみながら、深煎りコーヒーをグビっと飲み干しました。

「さぁ、これで『成功しているサロンが成功している理由』が、ほんのちょっとだけわかったな?」
「ほ・・・・ほんのちょっと!?」
プッチとミケが口をそろえて驚きました。

「あたりめぇだろうが!
『基本的なことができて、その上価値がある』なんてのは、経営の基本だぜ!
キホンの『カ』だ! 『キ』の前だ!
これができて、初めてサロン経営のスタートラインだと思っとけ!
こっからはもっともっと厳しいからな!

いよいよ、おめぇたちのサロン戦略を作っていくんだからよ!
途中で逃げんなよ!」

ウルフさんの、ガルルル・・・という音が聞こえそうな怒鳴り声に、プッチとミケは、椅子からずり落ちそうになるくらい力が抜けたようでした。

「ま・・・・・・まだあるのぉ~~~?」

プッチとミケは、ヘロヘロともたれあうようにして、テーブルの下に沈んでいきました。

 

『ウルフさんの 個人サロンができるまで 第一章 おわり』