「はじめまして、プッチと言います」
ナナコさんのサロン『かおらっくす』の近くのカフェで待ち合わせをし、やってきたナナコさんに向かってプッチが言いました。
ナナコさんは、イタリアングレイハウンドのイヌで、長い首とほっそりとした胴体が印象的な、エステティシャンらしい、上品さとフレンドリーさが滲み出ているひとでした。
「こちらこそはじめまして。ナナコです。よろしく。
ミケちゃん、昨日は本当にありがとうね。 あらぁ~、やっぱり日にちが経つとぜ~んぜんしっとりしてるわね」
「はい。 メールで頂いた通り、ちゃんと念入りに手入れをしていますから!」
「そう。よかったわぁ♪ それで、ミケちゃんたちもお店を開くんですって?」
「そうなんです。 プッチが経営をして、わたしが接客をメインでするんですが、まだ色々とわからないことだらけで・・・」
「わたしも、開業したときはわからないことだらけだったわ。失敗もたくさんしたし、たくさんお客様にも助けていただいた。 でも結局、7年もやっていると、地道な努力に戻るのよね・・」
「地道な努力ですか?」
「えぇ。 最初は、お客様にもっと知ってもらおうと、フリーペーパーに載せたり、チラシをまいたりしたのよ」
「そうだったんですか!? なんか、隠れ家サロンだから、そういうことはしないのかと思っていました・・」
「隠れ家サロンにしたのは、サロンを4年経営してからなのよ。最初はぜ~~~んぜん隠れていなかったわ(笑)」
「えぇ~!? なんで隠れ家サロンにしたんですか?」
「何ていうか・・・、一人一人のお客様にもっと向き合いたくなったのよ」
「あ・・・・、わたしも同じことを今考えています! 一人一人のお客様を大事にしたいって!」
「そう、わたしたち気が合うのね♪
でも、あなたたちがどのくらいの規模で運営するのかはわからないけれど、
サロン経営って、それだけじゃ駄目なのよ。
わたしはね、最初の1年間くらい、『一人一人を大事にしたい』って思って、サロンを運営したの。
だから、1日3人限定にして、広告はあまり打たずに口コミだけでやっていこうって。
技術や集客には自信があったし、口コミだけでコツコツやれば広がっていくだろうって・・・」
プッチとミケは、とっさに目を合わせました。
今の自分たちと同じ状況なことにびっくりしたようです。
「でもね、ぜ~んぜん駄目だったの。 そりゃぁ、口コミしてくれるお客様もいらっしゃったわ。
でも、お客様って、『いいサロンは独り占めしておきたい』っていう心理が働くときがあるでしょ?
その心理がなぜ働くのか、その時のわたしはわからなかったわ。
それで、サロンがボロボロになっちゃったのよ~(笑)」
ナナコさんは、自分の辛かったときのことを笑い飛ばすように言いました。
「それで、お金がどんどん無くなっていくと、ひとって焦るでしょ?
焦って焦って、チラシをまいたり、フリーペーパーに載せたり、とにかく『今の収入』を確保しなきゃいけなかったから、投資をしてでも、すぐにお金になりそうな方法ばかり試したわ」
プッチとミケは、コーヒーを飲む余裕も無く、ナナコさんの話に引き込まれています。
「でも、それもぜ~~んぜん駄目。 結局施術の単価が安くなっちゃって、働いても働いても収入にならなかったのよ。 広告費も毎月どんどん出て行くしね。 1つの広告で10人集めても、売り上げが広告費で消えていくような毎日だったわ。 そんな時、営業担当者は決まってこう言うのよ。
『せっかくここまでやったんだから、もう少し続けてみましょうよ!
広告って継続的に出したほうがみんなに知ってもらえるんです』ってね。 魔性の言葉よね。
あと1ヶ月・・・あと1ヶ月って、気づいたら2年もフリーペーパーに載せ続けてたのよ。
わたしって、ぜ~~~んぜんバカよね~(笑)」
「それで、広告の効果はあったんですか?」
「あったわよ? ちゃんとお客様がたくさん来てくれるようになったわ」
「な~んだ、じゃぁそれからサロンは上手くいったんですね?」
「集客した数をもってサロンの成功が語れるなら、上手くいったといえるわね。
でも、サロンの成功って・・・何かしら?」
「・・・売り上げです・・よね」
プッチがおそるおそる言いました。
「違うわ。 利益よ。
利益を出さなくちゃ、サロン運営が成功したとは言えないわ。
最初の1年で、わたしはお客様と徹底的に向き合うということをしたの。 でも、利益はぜ~んぜん出なかった。
次の3年で、広告に力を入れて、集客数だけは確かに増えたわ。 でも、利益は伸びなかった。
ちょっと厳しいことを言うかもしれないけれど、
『お客様一人一人に喜んでいただくこと』は、そんなに難しいことじゃないわ。時間と手間をかければ誰だってある程度できることなの。 いえ、できなければおかしいわ。時間も手間もかけているのにお客様に喜んでいただけないサロンは、根本的な何かが足りないと言うことになるわね。
そしてね、『お客様の数を集めること』も、実は誰でもある程度簡単にできることなのよ」
「そ・・・そうなんですか? 集客が一番難しいんだと思っていました・・」
「客単価を下げて、広告にお金を使えば、誰だってある程度できることよ?」
「じゃ・・・じゃぁ、一番難しいことは、何なんですか?」
「さっきも言ったけれど、利益を出すことよ。 コレが一番難しいんじゃないかしら。
そして、これを追求していくことが、成功サロンへの道なんじゃないかって、わたしは思うわ」
「利益を追求していくこと・・・」
「あの・・、生意気なことをいってもいいですか?」
「ぜ~~んぜんいいわよ? ミケちゃん」
「なんか、『利益を追求する』っていう感じが、なんていうか、ビジネスっぽくて嫌なんです・・・
お金の匂いしかしないような気がして・・・」
「わたしも、そう思っていたわ。 できるだけ安い料金で、一人でも多くの人に喜んでいただければ、
利益を度外視してもいいって、そう思っていた時期があった。
けれどね、そんな時にあるひとから言われたのよ。
『おめぇがやりてぇのは、ボランティアなのか? サロンビジネスなのか?
ボランティアなら、徹底的に無料でやりやがれ!
サロンで仕事をしていきてぇなら、仕事として徹底的に取り組まなきゃ、お客に失礼じゃねぇか!!』ってね」
「そ・・・それって・・・」
「ウルフさん!?」
「あら、あなたたちもウルフさんを知ってるの?」
「えぇ・・・今、ウルフさんから教えていただいているんです」
「あらあら、じゃぁあなたたちは、そういった意味でもわたしの後輩になるのね」
「ナナコさんって、ウルフさんの指導を受けていたんですか・・・?」
「指導なんていう本格的なものじゃないけれどね。 『利益』って、どういうものかを教えてもらったわ」
「それで、ウルフさんはなんて・・?」
「あんまりわたしが話しちゃったら、ウルフさんに怒られちゃうから、これが最後のお話ね。
そろそろ時間だし。
ウルフさんはね、利益のことをこう言っていたわ。
『りんごの箱から溢れたりんごを売るようなものだ』ってね」