ウルフさんの『個人サロンができるまで』

プッチとミケの会議 ④-Ⅲ   ~競合分析 2日目~

次の日、二人は久しぶりに目覚まし時計をかけずに朝を迎えました。
思う存分眠って、これまでの睡眠不足を解消しようということになったのです。

二人は、ウルフさんと一緒にサロン経営を考え始めて、まだ数日しか経っていませんが、非常に密度の濃い毎日を過ごしていました。
その負担というのは、おそらくこれまでの生活では味わわなかったことでしょう。

朝の日差しが木々のカーテンをゆらしながらプッチの家にそっと差し込んできます。
窓際には、朝のあいさつを交わしている小鳥が入れ替わりやってきても、プッチとミケはまだ眠っていました。

朝の10時を少しまわった頃、ミケの携帯電話がメールの着信を知らせました。
その音で、ミケは目を覚まし、う~~んと伸びをして携帯電話のメールを見ました。

『ミケさま

昨日はご来店ありがとうございました。
「かおらっくす」オーナーのナナコです。

その後、お肌の調子はいかがですか?
1日おくと、スキンケア成分が奥まで働くので、
さらにプルプル感を感じていただけると思います。

お肌の状態が上がっていると思いますので、
いつもよりちょっとだけ丁寧にケアをしてあげると、
いい状態が長持ちするかと思います。

万が一、トラブルなどがありましたら、
どんなにちょっとしたことでも構いませんのでご連絡ください。
すぐに対応させていただきます。

このご縁を大切にしていけることを、心から願っております。
今後とも、よろしくお願いいたします。

あなたの専属フェイシャルセラピスト候補 (笑)
ナナコ』

 

「・・・・すごい・・・」
ミケは、携帯電話を手に取ったまま、しばらく固まってしまいました。
「プ・・・プッチ・・・ ちょっと起きて! もう朝よ!」

「う~~ん・・・今日はゆっくりでいいっていってたじゃないか・・・」
「状況が変わったのよ! コレを見て!」
「ん? ・・・ん~~・・・・、へぇ~~、昨日のサロンからフォローメールだね」
「すごくない? わたし感動しちゃった・・・。 ナナコさんって、本当に気配り上手なのよ!
昨日もね、フェイシャルの時に肌の状態を見てくれて、本当は50分のコースなのに、
『肌が乾燥してるから』って、10分間追加してくれたのよ!
しかも、『睡眠不足でしょぉ~』って言い当てられて・・
ナナコさん・・・ゴッドハンドだわ。 友達のシマちゃんにも紹介してあげよっと♪」

「ミケちゃん・・・すっかりナナコさんのトリコだね・・・
でも、昨日はそんなこと言わなかったじゃない」
「そうなのよねぇ・・・。昨日は何も感じなかったんだけれど、このメールを見て一気に思い出したのよ・・」
「メールを見て思い出した?」
「何だろう・・・なんでだろう・・・
プッチが昨日見た灯台と、同じかしら」
「『基本』っていう灯台?」
「えぇ。 ・・でも、このフォローメールは基本じゃないわよね・・こんなことまでする人はほとんどいないはず。
じゃぁ、灯台ってなんだろう」

「・・・ねぇ、もしできるなら、ナナコさんの話を聴けないかなぁ。
成功サロンの先輩に、実際に話を聞けたら、何かつかめるんじゃないかなぁ」
「確かにそうね。  でも、ちょっと抵抗あるな・・・」
「なんで?」
「何ていうか、憧れている学校の先輩と、学年飛び越えて同じクラスに入るみたいな感じ。
せっかく憧れているのに、背伸びして同じポジションに近づいちゃうような・・・
憧れが現実的になっちゃうっていうか・・」
「そっか・・・じゃぁ、『個人サロン勉強会』に行ってみようよ。
実は昨日、サイトを調べているときに、ここから1時間くらいの場所で個人サロン勉強会をしているっていうのを見つけたんだ。 そこで、先輩サロンの話が聞けるかもしれない」
「本当? そっちのほうが気が楽かな♪ 行ってみましょう!」

プッチとミケは、ちょっと遠くの町で開催している個人サロン勉強会に飛び入りで参加をすることにしました。
電話で確認をしたところ、幸い席が少し空いているということで、快く受け入れてくれました。
二人は筆記用具などを持って、昼の3時から開催されている個人サロン勉強会の会場に行きました。

会場は、主催サロンの施術ルームです。
そのサロンでいつも使っている施術ベッドを隅に寄せて、円形に並べた7脚ほどの椅子に、
参加セラピストが並んでいきます。
それぞれが「お久しぶりー」とか「はじめましてー」という会話をしながら、名刺を交換したりしていました。

プッチとミケも、「これから開業するところなので、勉強させてください」と話しながら、和やかな雰囲気で会がスタートしました。

主催サロンのオーナー、羊のメイコさんが、挨拶をします。

「今日は、個人サロン勉強会ということで、お互いに色々と意見を交換し合って、サロンの発展につなげましょう。
まずは、自己紹介から時計回りにしていきましょうね」

そういって、一人一人自己紹介をしていきます。
開業8年目のアロマセラピストや、開業したばかりのエステティシャン、これから開業する人も混じっていました。

プッチとミケも、それぞれ挨拶をし、いよいよ個人サロン勉強会の本題に入っていきました。

「今回は、『集客方法』について、シェアしませんか?」
メイコさんの提案で、みんなで集客方法の話を始めました。また、時計回りで発表をしていきます。

「わたしのサロンは、口コミがメインです。 お客様一人一人を大切にして、口コミをしてもらっています」
「わたしのサロンは、ホームページです。 手作りのページなんですが、お問い合わせが少しあるので、新規顧客の獲得につなげています」
2人目の人がそういうと、周りのサロンオーナーが「ホームページを自分で作れるなんて、すごいね!」
「どんなソフトを使っているの?」と、憧れのまなざしを向けました。

3番目のサロンオーナーは、開業1年目のエステティシャンでした。
「わたしのサロンは、まだ集客方法に悩んでいるところなんです。ですから、今日教えていただければと思ってやってきました。よろしくお願いします」
すると、メイコさんがすかさずフォローします。
「もちろんいいですよ。 今日、色々と吸収していってくださいね」

そんなやり取りが、2時間ほど続きました。
プッチとミケがわかったことは、
みんな、集客方法に困っていること
集客にお金をかけることができないから、みんな色々と工夫をしていること
という、2つだけでした。

期待していた『成功サロンが成功している理由』は、残念ながら1つも得ることができませんでした。

会が終わると、みんなで「これからも頑張りましょうね!」と励ましあって、にこやかに解散していきます。
プッチやミケも、笑顔を絶やさずに、会場を後にしました。

帰りの電車の中、プッチがミケにおもむろに切り出しました。
「ミケちゃん・・・さっきから黙ってるけど、何を考えているの?」
「プッチと同じこと・・・」
秋の18時はもう薄暗く、夜といってもおかしくないくらいの暗さです。
暗い道を走り抜ける電車の中、プッチとミケは途方にくれて、向いの窓に映る自分たちの姿を見つめています。

田舎道を走る電車には、プッチとミケ以外はほとんど誰も乗っていませんでした。
「結局さぁ・・・何が目的だったのかしら・・」
「『集客についての勉強』・・・・じゃない?」
「誰も答えを持っていないのに?」
「どうなんだろう・・・考えれば答えが出てくるって、思っているんじゃない?」
「あのメイコさん、ウルフさんがいたら食べちゃってたかもね・・」
ミケがさらりと怖いことをいったので、プッチは聞かないフリをしてやりすごしました。

「『成功サロンが成功している理由』は、成功サロンの中にしかないことがわかったわ・・・
あの会に、いくら参加していても、何も見えてこないもの」
「そうだね。 ウルフさんの課題は、『成功サロンが成功する理由』だもんね。
今の僕らには、傷をなめあっている時間はないからね」

プッチの家に帰った頃には、すでに8時を回っていました。
プッチの家に着くと、ミケがすぐに電話をかけ始めました。

「あ、昨日お世話になりました、ミケです。はい・・・ありがとうございます。
覚えていてくださったんですね。うれしいです♪」

ミケは、昨日のサロンのナナコさんに電話をしたのです。
その行動には、プッチも驚きました。

「あの・・・実は、わたし、小さなサロンの開業を計画しているんです。
それで、昨日本当に感動したので、ナナコさんのお話をうかがえないかと思って・・・」

ミケが、サロンの運営方法を教えてもらう交渉をしました。
すると、意外なほどあっさりと、アポイントをとることができたのです。
電話を切ると、プッチの方を向いてガッツポーズを決めました。

「プッチ、やった!
『わたしなんかの話が少しでもお役に立てれば』って言ってくれたわ。
明日はたまたまキャンセルが出て、午後からの接客だから、その前に1時間くらい時間を作ってくれるって!」

「本当? じゃぁ、今のうちに質問する項目を決めておこうよ!」
「そうね。コレまでのことも反省して、まとめておきましょう」

二人は明日のことを楽しみにしながら、その日も結局遅くまで資料をまとめていました。

成功しているサロンは、何があるから成功しているのか・・
そんな答えが、広い海の中の遠くの灯台のように、二人の目にはうっすらと見え始めているのかもしれません。

ミケが初日に気づかなかったことが、なぜ次の日に気づくことができたのか・・。
ウルフさんが言っていた『本質』とは何か・・。
そんなものが、少しだけつかめてきたようです。