その日の夜、プッチの家の丸いテーブルで、ミケが頬杖をつきながら言いました。
「3日以内で、競合の本質をつかめ・・・・かぁ・・」
「・・・そもそも僕ら、何をしたらいいんだろう・・・。
けっきょく、具体的な指示が何も無かったね・・・。情報の海を泳げ! って言ったくらいかな・・」
「情報の海を泳げ・・・かぁ・・・。 とりあえず、海に引っ掛けて、ネットサーフィンでもしてみる?」
「まぁ、そうだね。こんな夜中じゃぁ、どこにも行けないしね。まずはできることからやってみようか」
プッチは、家にあるノートパソコンをテーブルの真ん中に持って来ました。
A4サイズの、黒がシックなThinkPadです。
蓋を開けると、キーボードの真ん中に、ThinkPad特有のトラックポイントが赤く自分を主張していました。
プッチはてきぱきと無線LANにパソコンを接続し、最近導入したというGoogleの新しいブラウザ、
Google Chromeを立ち上げました。
「プッチって、こういうパソコン系って本当に詳しいわよね・・」
「まぁ、好きなことだからね。 さて、何から検索いたしましょうか」
プッチがレストランのウエイターのように、おどけて言いました。
「まずは、この近くにどんなサロンがあるか・・・からじゃない?」
「そうだね。 まずはそこから検索してみようか。 『切り株の森 サロン』・・・と」
「あ、『アロマ』も入れて検索してみてよ」
「はいはい。 『切り株の森 アロマ サロン』・・・と。 ポチっと」
「・・・・あ、けっこう出てくるのね」
「でも、どれも知らないサロンだ・・・。 この近くって、意外とサロンがあるんだね」
「上から2番目の、『アロマプレシャス』っていうサロンを見てましょうよ」
「了解。 カチっと・・・。 あれ? これって・・・」
「サロン検索サイトの紹介ページだわ・・・。サロンのホームページじゃない」
「ちょっと文字が多くて見にくいね・・・。あ、ホームページのリンクが貼ってあるから、見てみようか」
「そうね。 ・・・あ~あ・・これはちょっと手作り過ぎるページね・・・」
「どこを読んだらいいのかわからないね・・。 次のサロンを見てみようか」
「ねぇ、待って。 なんだか、検索結果の2位がコレだと、検索しても意味が無いような気がしてきたわ・・・」
「僕も、ちょっとめまいがしてきたところだよ。
これじゃぁ、お客さんもインターネットを信じなくなるわけだね・・・」
「ウルフさんの課題は、『成功するサロンがうまくいっている本質』を調べることだったはずよね。
成功しているサロンって、プッチ知ってる? 少なくとも、わたしの知ってるサロンには、思い浮かばないわ」
「ん~~~~・・・、確か、僕のサロン時代の先輩が新しく勤め始めた個人サロンは、けっこうお客様がきているって言ってたよ」
「じゃぁ、そこを見てみましょうよ」
「え・・・でも、ちょっと遠い場所だから、競合にはならないと思うよ?」
「近いとか遠いとかって、今回の課題じゃぁあんまり関係ないんじゃないかしら。
だって、『成功しているサロンが成功している本質』を調べることですもん」
「そうかなぁ・・・。まぁ、一度みてみよっかぁ。
え~っと、確か、『ほぐし処 癒瑠璃』だったかな・・・。ひらがなで検索してみよう。『ゆるり』・・・と」
「あ、1番に出てきた」
「サロン名で検索したからね。当然といえば当然かな」
「あ! 素敵なホームページね・・・。 うまく言ってるところは、こういうとこにもお金をかけてるのね・・」
「いや、このサイトは友達に頼んで8万円くらいで作ってもらったらしいから、
そんなにお金はかけていないと思うよ?」
「へぇ~~~、うまくいっているところは、そういう人脈が多いのかしら・・・
ねぇ、プッチ、このキャッチコピー素敵ね。
『あなたの身体は、月に1度、深く癒されたがっています』って」
「うん、最初にそこに目が行くよね。
そして、その隣に『月イチ会員 募集キャンペーン』って書いてあるのも、上手いよね」
「うまくいっているサロンは、キャッチコピーの作り方が上手いのかしら・・・」
「いや・・・キャンペーンの作り方が上手いんじゃない・・・?」
そんなことを話ながら、プッチとミケは、その日はずっとインターネットでサロン情報を検索しました。
気になるサロンがあれば、プリントアウトして、どこがいいのかを書き込んだりしました。
夜が明ける頃には、どんぐりくらいの高さの資料がいつのまにか溜まっていました。
ウルフさんが『情報の海に投げ出される』と言った意味を理解し始めた頃、二人はそっと眠りに落ちました。
次の日の朝、プッチは、ミケよりも先に起きて、プリントアウトした資料に、もう一度目を通していました。
昨日は寝ぼけた頭でやみくもにプリントアウトしていたものを、ちょっとだけすっきりした頭で整理しなおしているようです。
そのうちに、ミケが目を覚ましました。
「あ、プッチ、おはよぉ~」
「ミケちゃん、おはよう。 昨日の資料、なんでこんなのプリントアウトしたんだろうっていうのが混じってる」
といって、プッチは一枚の紙をミケに渡しました。
「『夢の中で夢を確かめる方法』・・・ 『靴を脱いで電車に乗る。降車駅にあれば夢』・・・バカドリル・・」
ミケはくすっと笑って、眠い目をこすりました。
「確か、煮詰まったときにこれを見つけて、あまりの馬鹿さに二人で大笑いして、記念にってプリントアウトしたのよね・・・」
「お互いに、疲れていたんだね」
プッチは遠い目をしながら、苦いコーヒーをすすり、言いました。
「今日は、実際にこの中のサロンに行ってみようよ。 この目で見て、確かめたいんだ」
「そうね。 実際に技術を受けないとわからないもんね!」
「よし、じゃぁこの先輩が働いているサロン、『癒瑠璃』に行ってみようよ」
「まって。2人で同じところに行くよりも、別々のところに行って、情報を共有しましょうよ」
「それもそうだね。 じゃぁ、今日1日はそれぞれが成功サロンをいくつか体験して、思ったことを夜に話し合おう」
「えぇ、そうしましょう。 じゃぁ、今日の夜にね」
プッチは、隣町の『癒瑠璃』と、その途中にあるクイックマッサージサロン『エルザ・ボディ』へ行くことにしました。
ミケは、エステ系のサロンを見たいということで、1つはフェイシャル専門で人気の隠れ家個人サロン
『かおらっくす』と、ボディエステで人気の『ハリウッドボディ』に行くことにしました。
その日の夜、プッチのほうが先に帰ってきました。
そして、誰もいない部屋で、今日の感想や情報を紙にまとめ始めます。
1時間ほど遅れて、ミケがぐったりした状態で帰ってきました。
「ミ・・ミケちゃん、どうしたの!?」
「・・・あぁ~~~~、最悪だった・・・」
「さいあく?」
ミケは、突然、勢いよく冷蔵庫を開けると、中に入っている500ccの牛乳パックをがぶ飲みして、
ぷはぁ~~!っと、息を吐き、プッチのほうにキリっと向き直りました。
「超~~~~サイアク! 技術は下手だし、トークはウザイし、息はくさいし、目は変にギラギラしてるし!
その上、3人がかりで化粧品の勧誘かんゆうカンユウ!!
あ”~~~~! 行って損した!! 超ムカツクゥ!!!」
「ミ・・・・ミケちゃ」
「プッチ!! わたしたちのサロンは絶対に無理な勧誘はやめましょう!
あんなことして人気店ぶっても、本当の人気じゃないはずだわ!」
「わ・・・わかってるよ・・・」
「あぁ~~~~~、最悪だった・・・。 体験で3000円だったけど、それさえも勿体無いわ・・・」
「ミケちゃんは、はずれだったんだね」
「最初のフェイシャルのほうは、まぁまぁ良かったのよ。
対応も丁寧だし、施術もゆったりやってくれたし。特に嫌なことは無かったかなぁ。
最後にちょっとしたアンケートがあったけれど、別に勧誘とかじゃなかったし・・・」
「でも、特に印象に残ることは無かったっていうこと?」
「ん~~~~、また行きたいかというと・・・微妙かなぁ」
「そっかぁ。 僕のほうも、特別にすごい技術っていうわけじゃなかったなぁ・・・。
なんであの店が人気なんだろう・・。
でも、先輩はさすがにすごかったなぁ。 対応も技術も、プロっていう感じだった」
「なんだか、受けに行ったのはいいけれど、特別『成功しているサロンの本質』っていうのは無かったね・・」
「そうねぇ・・・この情報から何を得ればいいのかしら・・・」
「実は、僕らの方がレベルが高いから、人気サロンに行ってもあんまり感動しないのかもね」
「またぁ、そんなこと言って。 ウルフさんに怒鳴られるわよ(笑)
馬鹿やろう! 自分のことを虫けらだと思っとけ! 基本が大事なんだよ! ・・ってね」
「アハハ! 似てる似てる!」
「お前たちは、情報の海に溺れることになるであろう・・・」
「ミケちゃん、ウルフさんのものまね上手だね!」
「基本ができてねぇのに強みを主張したって、バラバラになるぞ!」
「・・・・」
「・・何よプッチ、突然黙り込んで。 ノリが悪いわね・・」
「基本だよ・・・。 ミケちゃん。 灯台だ・・・」
「え? どうしたの? 一体」
「今、一瞬、灯台が見えた気がしたんだ。 『基本』・・・・。
ウルフさんが、何度も何度も言っていること。 『基本』とか、『本質』っていう灯台が・・」
「話が見えてこないわ・・・。 一体何が見えたの?」
「・・・・わからない・・・ でも、一瞬見えたんだ。 何か・・・この、確かなものが・・」
「・・・ふぅ、今日は早く寝ましょう。 明日、すっきりした頭でもう一度考えましょうよ。
最近、あんまりゆっくり寝れる時間がなかったしね」