「それには、2つのルールがある。 『啓発型クロージング』のためのルールだ。
まずは、『必要の無い人には売らない』っていうことだ」
「でも、色んな本に、『その気の無いお客様をその気にさせる方法』が書いてあるから、『必要のない人に必要性を持たせること』もできるんじゃないでしょうか。 必要性を持っている人だけを相手にしていたら、誰もお客様になってくれないように思うんです」
ロビンスがペンのヒヅメを止めて言いました。
「なるほどな。 ロビンスの言うことも一理ある。
だけどな、よぉ~~~~くイメージしてくれよ。
『必要性のないお客様』なんて、そんなに沢山いるか?」
「ど・・・どういうことでしょうか?」
「つまりな、『焼き鳥を食べる必要のない人』って、誰だ?」
「え~と・・・鶏肉が嫌いな人でしょうか・・」
「じゃぁ、鶏肉が嫌いな人と、鶏肉が嫌いじゃない人って、どっちが多い?」
「それは・・鶏肉が嫌いじゃない人のほうが多いと思います」
「だよな。 だったら、なんでわざわざ『鶏肉が嫌いな人』を、『鶏肉好き』に変える必要があるんだ?
鶏肉が好きな人に売っていけばいい話だろ?」
「それはそうですけれど、『焼き鳥は嫌いじゃないけれど、今は必要ない』っていう人もいますよね?
そういう人はどうすればいいんでしょうか?」
「ロビンス・・、いい質問をするようになったじゃねぇか。それは、すげぇいい突込みどころだぜ。
いいか、『啓発型クロージング』の醍醐味は、そこにあるんだ。
『必要性を気付かせること』が、啓発型のクロージングなんだ。
人はみんな、思い込みで生きている。
梅干を見ると、よだれが出るだろ?
真っ暗になると、なんか不安になるだろ?
悲しいことを思い出すと、なんか涙が出るだろ?
現実的に起こっていないことでも、身体は思い込みで反応している」
「え~~と、なんだか話が難しくなってきましたね・・・。どういうことでしょうか?」
「わりぃわりぃ、ちょっと熱が入りすぎちまったな。
わかりやすく言うぜ?
『今は必要ない』って思い込んでいるのは、本人っていうことだ。
でも、それが事実かどうかはものすごく不安定で流動的なんだ。
ためしに、焼き鳥の香ばしい匂いをウチワを使ってみんなに嗅がせてみるとわかる。
ついさっきまで『今は必要ない』って思っていた人でも、『なんだか、今食べたい』に変わるはずだ。
ルールその1は、『必要の無い人には売らない』ていうことだ。
でもこれは、裏を返せば『必要性を作ってから売れ』ということだ。
そうでなければ、お願い営業をするしかなくなっちまう。
だから、最初にやることは『必要性を作る』っていうことだ」
「必要性を作る・・・」
「わかりやすい例を一つ教えるぜ。
『ボイスレコーダー』って、今はビジネスマンならけっこう多くの人が使うだろ?
でも、ボイスレコーダーの需要には限度があったんだ。ビジネスマンしか使わないって思われていたからな。
これまで頭打ちで、性能だけで競い合っていた市場に大きな変化を作ったのが、『ジャパネットタカタ』っていう、おなじみのテレビショッピングだ」
「あの九州の元気なテレビショッピングですね」
「そうだ。
あのテレビでボイスレコーダーを販売した時、それまでビジネス向けでしか販売しなかったものを、視点を変えてこう販売したんだ。
『ボイスレコーダーは、共働き家庭のコミュニケーションツールです』ってな」
「ど・・・どういうことですか?」
「子どもが帰ってきたときに、親がいないとなんか寂しいだろ?
そんなときに、『おやつは戸棚の中にあるよ~』って、親が吹き込んでおくんだ。
子どもはその親の声を聴いて、安心するっていうことを、全面的に押し出して、シェアを拡大したんだ」
「なるほど・・・『必要性』が全くなかったところに『必要性』を作り出した・・つまり、啓発したんですね!」
「必要性の盲点ですね・・。そんな発想があったなんて・・」
「だから、『必要性がない』なんて、こっちが勝手に決め付けちゃいけねぇ。
『必要性』は掘り起こしていくもんなんだ。 そうすりゃぁ『啓発型クロージング』に持っていける」
そこへ、カメのおじいちゃんがノロノロとお店にやってきました。
ロビンスは慌てて屋台の中に入って、声をかけました。
「いらっしゃいませ!」
「あぁ、ここかね、焼き鳥屋というのは。 さっき、羊のばあさんに聞いてやってきたよ」
「ありがとうございます! タレと塩がありますが、どちらがいいですか?」
「う~ん、タレのを食べたいのはやまやまなんだが、ワシは歯が悪くてのぉ。なかなか噛み切れんのだよ・・」
「そうでしたか・・。
それでしたら、焼き鳥を串から外して、一口サイズに切り分けてお渡しをしますが、いかがですか?」
「本当かね?
あぁ、そうしてもらえると助かる。
いやぁ・・他の店もまわったんだが、飲み込めなくて弱っていたところなんだ・・。
ありがとうよ、助かったよ」
「いえいえ、どういたしまして。
では、タレの焼き鳥をお渡ししますね。お会計は350円です」
「そうかね。では、400円を渡しておこう。お釣りはいいよ。わしからのお礼だから」
ロビンスは、ベンチに座っているウルフさんともへこの方に目をやりました。
ウルフさんももへこも、ニコニコしてうなずいていました。
「ありがとうございます! じゃぁ、こちら、ゆっくり食べて下さいね!」
カメさんはゆっくりと一口サイズの焼き鳥をかみ締めながら、ゆっくりと歩いていきました。
「やったね、ロビンス!」
ベンチからもへこが声をかけました。
「お客様の必要性にあわせていくのって、なんだか気持ちいいね!」
「そうだろ? 他の店は、カメのじいちゃんの『必要性』には目を向けなかったんだな。
『お客様に寄り添って提案していく』ってぇのは、売る側も売られる側も気持ちいいのに、勿体ねぇよなぁ。
でもこれで、ロビンスも『お客様に合わせてゆく』っていうことが身に染みたみてぇだな」
「ではウルフさん、さっきの続きの、2つ目のルールを教えてください」
ロビンスがいそいそとベンチに戻ってきて、言いました。
「あぁ、二つ目のルール、これは当たり前のことだが、『相手を否定しない』っていうことだ。
どんな人でも、自分を否定する人の話は聞きたくねぇもんだ。
例えそれが提案であっても、今の自分を否定されたと思ったら、心に壁ができちまうんだ」
「僕、なんだかわかる気がします。
何を言っても聞いてくれない人には、何も言いたくなくなっちゃいますもんね・・」
ロビンスが眉間にシワを寄せて言いました。
「たまに、化粧品とかエステとかのクロージングで、ことごとく逃げ道をふさいでくるやつっているだろ?
『お金が無い』って言ったら、『でもお菓子は買うよね? 毎日1個我慢すれば大丈夫だよ』とか、
『時間が無い』って言ったら、『でも自己投資って大事ってさっき○○ちゃんも言ってたよね。がんばろう?』とか・・・」
「ありますよね・・・。 最終的には『あなたが嫌いだから買いません』って言っちゃったことがあります・・」
もへこも眉間にシワを寄せて言いました。
「そうだな。相手を否定すると、そういう顔になるからよ。
だから、できるだけ肯定しながら、相手のニーズを満たしてやるんだ」
「でもそれって、すごく難しいですよね・・ 僕にできるかなぁ・・」
「大丈夫。ポイントをおさえればできるぜ。
その為の4つのポイントを教えるからよ」