とても暑い夏の、ある日のお昼。
森には元気なセミの鳴き声が『ミ~~ン、ミ~ン、ミ~~~~ン・・』と、響き渡っていました。
こんな暑い日には毎日、森で一番の水遊びスポット『おぼろ川』で水浴び大会が行われるのですが、今日はおぼろ川に人影がありませんでした。
それもそのはず。
今日は森で一番大きな夏の風物詩、『森の精霊祭り』が行われるので、
みんなその準備で、朝から大忙しなのです。
森の中心にある大きな大きな杉の木には、精霊が宿り、森を守ってくれていると、昔から言い伝えられていました。
今日は、その精霊に感謝を込めて、キャンプファイヤーをしながらお祭りをするのです。
「でもよぉ・・」
いつものようにウサギの『もへこ』のアロマセラピーサロンに遊びに来てお茶を飲み、
グラスに残ったアイスティーの氷をコリコリとほお張りながら、ウルフさんが呟きました。
「木の精霊に感謝を伝えるのに、木を燃やしてキャンプファイヤーってぇのは、ちょっとおかしいんじゃねぇか?」
「そういえばそうですね・・・」
ウサギのもへこが、ニンジンジュースを飲み干しながら納得しました。
「でも、火は神聖なものって昔から言われているから、その辺の兼ね合いじゃないですかねぇ・・」
「ふ~~ん、まぁ、どっちでもいいか」
「自分から振ったくせに・・」
もへこが苦笑いをしながら、ウルフさんのグラスを片付け始めました。
「そういえば、ロビンスの奴は、結局どんな屋台を出すんだ? マッサージの店か?」
指圧の国家資格を持ったブタの『ロビンス』は、このお祭りのために屋台を出すんだと張り切っていたのです。
「あぁ、ロビンスは確か、焼き鳥屋さんを出すみたいですよ。違うことがやりたいとかで。」
「あいつらしいな。また油でギトギトだったら食えたもんじゃねぇけど、大丈夫かなぁ・・」
「ん~、味は大丈夫だと思いますよ。 でも、出店するときに、ずいぶんもめたみたいですよ」
「へぇ~、何かあったのか?」
「出店するブースの隣が、ニワトリのクックさんの『メンチカツの店』だったそうで・・・」
「まぁ・・木の精霊の前でキャンプファイヤーやるみてぇなもんだけどな・・・」
精霊祭りには、まだお昼過ぎなのに、すでに沢山の森の仲間が集まっていました。
大きな大きな杉の木を囲むように、円形に屋台が並び、屋台の前には椅子が並んでいます。
杉の木の麓にはキャンプファイヤーをするための木がすでに組まれており、賑やかな夜を静かに待っていました。
「ロビンスのやつはどの辺に店を出してんだ?」
「え~と、Cブロックの2番目ですね」
もへこがお祭りのパンフレットを広げて確認を始めました。
そこへ、
「あのぉ、まことにすいまメ~ン」
現われたのは、羊のおばあちゃんと、どうやらそのお孫さんです。
「はい、どうしました?」
「あのぉ、孫が『お肉を食べたい』って言い出したんですが、お肉が食べられるお店って、どの辺にあるでしょうか? 私はメェ~が悪くって・・・」
「あら、それでしたら一緒に焼き鳥のお店に行きましょうよ。
私の友達が作っているので、きっと美味しいですよ。 え~っと・・・、すぐ近くにあるみたいです」
もへこがパンフレットを片手に、羊のおばあちゃんとお孫さんをロビンスの焼き鳥屋まで誘導して行きました。
ウルフさんはお孫さんを怖がらせないように少し離れて、後ろからそっとついていきました。
「え~と、あ、あった!
ロビンスゥ~。 お客様を連れてきたよぉ~」
「あぁ、もへこちゃん! きてくれたんだねぇ。 いらっしゃいませぇ~!
お客さんが全然こなかったから、助かったよぉ~・・」
ロビンスは楽しそうに焼き鳥を焼き、羊のお孫さんへのおまけとして、アメをつけてあげました。
羊のおばあちゃんは喜んで、何度もロビンスともへこにお礼を言って去っていきました。
「なんでぇ、ロビンス。 お客さん、あんまり来てねぇのか?」
それを見計らって、ウルフさんがロビンスの店にやってきました。
「それが、立ち止まってはくれるんですが、どうも買っていってはくれないんですよね・・
冷やかしが多いというか・・・」
「ふ~ん、なんでだろうなぁ。 まぁ、ちょっと様子を見てみっか」
ウルフさんともへこは、ロビンスの店の前のベンチに座り、様子を見ることにしました。
しばらくすると、ロバのカップルがロビンスの店の前にやってきました。
「ねぇねぇ、焼き鳥だって。 おいしそうな匂いねぇ~」
「そうだね。どうしよっかぁ」
カップルはイチャコラしながらお店の前で相談をしています。
そこへロビンスが話しかけました。
「いらっしゃい! うちのは美味しいですよぉ~! 外はカリっと香ばしく、中はジューシー!
そのへんの焼き鳥とはわけが違いますよ!」
「そうねぇ~・・・どうしよっかぁ・・」
「確かにいい匂いだよねぇ~」
「でしょぉ? 食感がすごいんです! 一度食べたらわかりますよ。プリプリですから!」
「ん~・・そうねぇ・・」
「そうだなぁ・・」
「もぉ~、わかりましたよ! じゃぁ、アメも2人分つけますから、これで何とか・・!」
「焼き鳥とアメって、なんだか合わないわよねぇ」
「そうだね。別のにしようか」
「そうね」
ロバのカップルはパカパカと去っていきました。
お客様を逃したロビンスは、さっきまでの勢いと打って変わって、「このロバカップルが!」みたいな顔をして見送っていました。
「と・・・まぁ、こんな感じで、冷やかしのお客様ばっかりなんです・・」
「ん~~~・・冷やかしって言うより・・・」
「どう見ても、見込み客をオメェ自身が断ってるじゃねぇか」
「思いっきり、営業ベタですね」
「そんなぁ~・・営業とかクロージングとか、したこと無いからわからないですよぉ。
もへこちゃんは、なんでさっきの羊さんを集客できたの? すごいよねぇ!」
「集客したっていうか、向こうから来てくれたっていうか・・」
「よしよ~し、まだ精霊祭りのピークまで時間があるからよ、それまでにクロージングの方法を俺が教えてやるよ。
夕方から挽回していこうぜ!」